『大日本史料』 11編 5 天正11年8月 p.635

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ゝり申候、, 有之候間、左樣ニ御心得可被成候、, りとす、同正月三日に、一揆とも皆々下泉根來よりもはり出テ、城中より, 合平左衞門、神谷平右衞門、林門大夫、此三人見事之鑓仕候、其内式部殿朔, も皆々出合、尤式部少輔殿も出申され候處、只朔日之祝儀をゝどろかせ, 合戰御座候、此時に兩陣杉形の見事なる鑓御座候事、則式部殿の御内成, 候半ため計にて、早々敵引取申候由、式部少輔殿も、扨々千万にくき事な, 明壹ツ貳ツはなし、時の聲をどつとあず、そのまゝ敵引取申候、城中より, もみ〓〳〵出むかひ、則岸和田の少シ下こぎ川原と申處にて、大キなる, 一天正十二年正月朔日に、岸和田の大手之口にて、鉄炮三百〓程ふせ置、未, 〔眞鍋眞入齋書付〕眞鍋眞入公有増御一生之御書付, 候、常空も高名なさも候、, 日之無念がり候て、旗本五百計のこり、跡は惣かゝりと被申候而、皆々か, 一其時分眞入齋は、澤の城と申候敵を追込、見事之〓よき高名をいたし申, 候、右ノ通タシカニウケタマハリ及候ヘトモ、ムカシノ事ニテ相違モ可, 天正十二年正月一日, 眞鍋貞成, 天正十二年正月一日, 六三五

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  • 眞鍋貞成

  • 天正十二年正月一日

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  • 六三五

注記 (19)

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