『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.302

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ゝに納めたり、然るに隆信は死したれば、ウノは叛起して、眞の領主なりし, 有し、昨年通信せし如く、キリシタンとならんことを望み、大にデウスの事, を有せざりし者は、皆劒を以て〓されたり、ドン・ベルトラメウは、再びその, 來れり、彼はドン・プロタシオの近親なるが故に、その生命を救助せし恩を, ば忘れざるべしと考へしが、彼は二艘の船にて敵方に〓走せり、同所にて, 城に入り、その子サンチヨは、隆信の部下と共に、戰場より遁れて、ハタ殿と, 稱する從弟の許に到り、現に同所に滯在するも、何等危險なし、隆信の三子, は悉く生殘れり、第三子〔その中最も武人たることを好まず、稀なる才能を, 砲二門、米千俵及び陣營の壁を破壞するため、多數の爪の如き鐵製の鉤、自, 己と子息等との衣服を容れたる多數の籠及び箱、武器その他軍需品をこ, た知行を與へざりき、而してその弟一人と、他の親戚等にして、〓走の機會, ドン・プロタシオに投じ、敵が同所に貯へたる物を悉く收めたり、, は、彼が隆信その他が死亡せし主たる原因なるを以て、これを厚遇せず、ま, 島原の城主は、薩摩の命に依りて、ドン・プロタシオの一城ある堂崎の町に, に喜を示したり〕戰より還りて後、密に使を長崎の會堂に遣し、障碍たりし, 教徒タラ, 純忠歸城, 佐賀ニ出, 島原城主, 三子耶蘇, ンコトヲ, 隆信ノ第, 奔ス, うの城鎭, 貴ニ降ル, 望ム, 天正十二年三月二十四日, 三〇二

頭注

  • 教徒タラ
  • 純忠歸城
  • 佐賀ニ出
  • 島原城主
  • 三子耶蘇
  • ンコトヲ
  • 隆信ノ第
  • 奔ス
  • うの城鎭
  • 貴ニ降ル
  • 望ム

  • 天正十二年三月二十四日

ノンブル

  • 三〇二

注記 (28)

  • 1543,629,66,2189ゝに納めたり、然るに隆信は死したれば、ウノは叛起して、眞の領主なりし
  • 257,620,68,2204有し、昨年通信せし如く、キリシタンとならんことを望み、大にデウスの事
  • 723,624,68,2192を有せざりし者は、皆劒を以て〓されたり、ドン・ベルトラメウは、再びその
  • 1192,619,66,2206來れり、彼はドン・プロタシオの近親なるが故に、その生命を救助せし恩を
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