『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.539

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御取候由、傳八郎手をは、味方の者切之由申候、, 方共に少し場を退申候所敵きおひ亦かゝり候處に、御鐵炮廿人の頭衆, 内へ入候故、落馬いたし候、其馬を敵取候而乘逃候、則敵の馬を宮地彦九, 申候、平松金次郎は一番鑓、鳥井金次郎は二番鑓之由、鑓を合候而より、兩, 々に高名被成候、本多八藏、永井善左衞門、今村次郎四郎高名之由、亦松平, 能御うたせ候故、敵方に手負數多出來候而、敵崩候由也、然間いつれも取, 一勝入手崩候故、相模守乘込候て、歩武者と相〓こ〓合、敵の鑓相模守甲の, 門より贈り申され候、加賀守所ニ候ゑのこ鞍の事、, 鵜殿兵庫、關金平等を始として、此外多かゝり候得共失念, 相模殿自身の高名二ツ供仕候、中間小助、勘六、佐助抔寄合首一ツ指上ル、, 郎とり候而、相模守をのせ申候、此時相模守乘候鞍を勝入内土肥權右衞, 助十郎殿、鵜殿兵庫殿、大橋左馬之助殿抔は、相模殿に首を御見せ被成候、, 後に承候へは、勝入をは安藤彦四郎殿鑓付候而、永井傳八是を切伏首を, かゝり候衆は永井善左衞門、平松金次郎、鳥井金次郎、大久保若之助, 天正十二年四月九日, より先え被來、池田勝方, 郎首を取被申候トアリ〓, 牧軍記ニハ、荒, ○尾州小牧軍記ニハ、コノ, 次ニ、一安藤彦四郎はされ, 之助トアリ、, 州小, ○尼, 金松次郎, 二番鑓鳥, 一番鑓平, 居金次郎, 永井直勝, 安藤直次, 五三九

割注

  • より先え被來、池田勝方
  • 郎首を取被申候トアリ〓
  • 牧軍記ニハ、荒
  • ○尾州小牧軍記ニハ、コノ
  • 次ニ、一安藤彦四郎はされ
  • 之助トアリ、
  • 州小
  • ○尼

頭注

  • 金松次郎
  • 二番鑓鳥
  • 一番鑓平
  • 居金次郎
  • 永井直勝
  • 安藤直次

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  • 五三九

注記 (30)

  • 409,677,66,1356御取候由、傳八郎手をは、味方の者切之由申候、
  • 1577,687,70,2137方共に少し場を退申候所敵きおひ亦かゝり候處に、御鐵炮廿人の頭衆
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