『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.540

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

御人數次第〳〵こ歸申候, 大久保相模守殿など御寄合、市作, ツ、合生捕共こ拾三、, 處、分明之由被仰候を承候。, 御旗本より留候へと切々御觸候、大久保治右衞門殿抔も御越候て仰候, を召候て、市作おのれは合戰, 場にては、何方へ參候哉と御尋候間、敵敗軍之節、敵壹人退候故、捨たる鑓, 一御合戰過候て、小幡の本多越前殿の御座敷にて、本多佐渡殿、本多越前殿、, 御尋候間、朱の具足黒甲にて候由申上候へは、退出可致よし被仰候、後に, 承候へは、味方の内甲州衆乘放候馬を、御走の傳平と申者是に乘候付、馬, 夫、柴田才藏、いつれも首一ツ取、板倉權六首二ツ、生捕一人、山中市作首一, は多候之間、是を取て〓落し、首を取候よし申上候へは、其敵の具足甲を, 盜人之由申候を、傳平申は、此馬主をは、新十郎内市作〓落討申候、朱具足, 一相模守内の者、前田角助、手嶋善太郎、宮地庄左衞門、石川甚大夫、半田忠大, 森勝藏殿首をは、本多八藏殿御取候由、脇差を御取候而御座候、鼻を御か, 黒た甲の由申ニ付而、市作を被召出候て御尋候、味方の馬敵乘候て參候, 大正十二年四月九日, 後に山中, 忠兵衞、, ヲ止ム, 山中市作, 家康追撃, 本多八藏, 五四〇

割注

  • 後に山中
  • 忠兵衞、

頭注

  • ヲ止ム
  • 山中市作
  • 家康追撃
  • 本多八藏

ノンブル

  • 五四〇

注記 (24)

  • 1679,695,59,779御人數次第〳〵こ歸申候
  • 1091,702,59,990大久保相模守殿など御寄合、市作
  • 1324,708,60,555ツ、合生捕共こ拾三、
  • 266,703,60,784處、分明之由被仰候を承候。
  • 1794,647,65,2194御旗本より留候へと切々御觸候、大久保治右衞門殿抔も御越候て仰候
  • 1094,1995,60,840を召候て、市作おのれは合戰
  • 973,702,63,2139場にては、何方へ參候哉と御尋候間、敵敗軍之節、敵壹人退候故、捨たる鑓
  • 1207,641,62,2213一御合戰過候て、小幡の本多越前殿の御座敷にて、本多佐渡殿、本多越前殿、
  • 737,699,62,2138御尋候間、朱の具足黒甲にて候由申上候へは、退出可致よし被仰候、後に
  • 619,700,64,2143承候へは、味方の内甲州衆乘放候馬を、御走の傳平と申者是に乘候付、馬
  • 1442,697,65,2117夫、柴田才藏、いつれも首一ツ取、板倉權六首二ツ、生捕一人、山中市作首一
  • 855,714,63,2124は多候之間、是を取て〓落し、首を取候よし申上候へは、其敵の具足甲を
  • 502,704,63,2136盜人之由申候を、傳平申は、此馬主をは、新十郎内市作〓落討申候、朱具足
  • 1560,640,66,2186一相模守内の者、前田角助、手嶋善太郎、宮地庄左衞門、石川甚大夫、半田忠大
  • 149,663,65,2168森勝藏殿首をは、本多八藏殿御取候由、脇差を御取候而御座候、鼻を御か
  • 385,705,62,2139黒た甲の由申ニ付而、市作を被召出候て御尋候、味方の馬敵乘候て參候
  • 1909,700,45,379大正十二年四月九日
  • 1124,1714,40,253後に山中
  • 1080,1715,41,190忠兵衞、
  • 1782,271,36,113ヲ止ム
  • 1458,270,41,167山中市作
  • 1822,268,44,164家康追撃
  • 150,274,46,170本多八藏
  • 1918,2429,42,124五四〇

類似アイテム