『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.817

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して、其品々をはきまへ度者也, ひ、走り出て敵を切臥せ、首を取て深手も不負してかへる、越前之手にて一, に、穴の〓くくほりたる地形有りしを見付て、横合ゟ走り來て、其窪キ地形, 之高名といえりと語をれは、兩人是を聞て、手を合新兵衞を禮拜して歸ル, にふし居て、敵味方の矢戰のくらいを見るに、彌敵味方詰寄ル、能時分と思, と尋ぬ、赤見新兵衞、兩人の志しを深ク感して〓を流して曰、高名には其品, 衞と云武功之者之所え、右之兩人來て曰、我今度大坂の陣に立て、是非々々, 二つを究んと思ふ也、然といへ共、年若して軍法を不知、貴殿を頼入間、法を, 有て、永平寺に籠居ス、大坂陣之由聞付て、忍て本田伊豆守か内ニ赤見新兵, 然〓右之兩人大坂陣に立て、敵味方矢戰の初ルを見合て、場中と覺しき所, 教て給へ、其法に好有、先高名之中に、一の難成高名とは如何樣之儀を申そ, 々多し、先難成高名と云は、塲中の高名也、其子細は敵味方弓〓炮之せり相, 同語云、越前の家中に、増田作十郎、同市十郎と云者有、越前少將殿氣に達事, はしまり、互に詰寄せて、矢戰さかんの時分に、其場中へ出て、首を取て場中, 行之侍と云、すくれたる勇者可成、武道を心懸ルものは、常に武勇の穿鑿, 増田作十, 郎同市十, 場中ノ高, 郎ノ功名, 名, 元和元年五月七日, 八一七

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  • 増田作十
  • 郎同市十
  • 場中ノ高
  • 郎ノ功名

  • 元和元年五月七日

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  • 八一七

注記 (22)

  • 1832,711,56,927して、其品々をはきまへ度者也
  • 307,655,59,2188ひ、走り出て敵を切臥せ、首を取て深手も不負してかへる、越前之手にて一
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