『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.575

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なをおこりて、前後よりせめ來るゆへ、備中守つゐに討死す、右衞門佐, ひ、いまだかつて加勢の兵をこふ事なくして、高名はなはだおふく、其, 兵を引ゐ〓これをすくひ、敵と大に戰とおほく討とるといへとも、敵, は敵と一味たるか、又は信長にうらみをふくむか、これによりて佐久, ゐて合戰の刻、しはらくも其陣をはなれず、敵せめきたれはふせぎ戰, 旨を安土に注進す、其次男古新年わづかに十六、敵陣に入こ、大に武勇, 池田勝九郎若年より敵にあふて、一足も退かず、度々の高名ま〓に池, 間を追放し畢、池田紀伊守父子三人、攝州ならびに四國西國の間にお, 中より出て戰ふといへども、いまだ敵一人をも討とらず、原田備中守, て、其手柄比類なし、此度花熊の城をせめ取事は池田か力なり、信長、佐, きにつゐて、會〓の恥をすゝく、其名譽山よりもたかし、, 攝州大坂本願寺蜂起の時、佐久間右衞門佐對陣する事數年の間、敵城, をふるふ、まことにこれ池田紀伊守づ血筋なり、信長づ眼力にかなひ, 久間づことによつて、面目を失ふといへども、池田父子三人のはたら, 武士高名越度之事, 大正十二年四月九日, 石山合戰, 五七五

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  • 石山合戰

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  • 五七五

注記 (18)

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