『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.522

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助來て、勝入かくひを取てけり、池田か先手池田丹後守, 々の雜兵見るか内に裏くつれし、勝入の旗本うすく成て、彌危うかりしあ, かる處に金乃扇の馬驗、岑わおより朝日乃出なかことくをし上たり、扨は, 敵猶勝に乘て、山の尾崎を取て推廻しけり、勝入父子も、左手乃合戰の色如, 臥てけり、敵は是に氣を得、味方は是に力を失ひ、彌進みかたう見えけをは、, は、秋田賀兵衞尉、梶浦兵七郎、片桐與三郎、竹村小平太なとは、少〓たゝつて, 徳川殿是にましましけるよと、諸人見れとろき、うし伍足をふみ初しか、下, 此あしかりけるを見て、右手を強くせよとけいを振て、こゑもかれ、身も御、, かるゝ計に怒りつれ共、井伊か弓鐵炮之勢引しこりうちけれは、無爲方、し, は多勢なり、味方は小勢なれは、相かなはすして討死をそ遂たりける、, 評曰、此者共は心さし〓〓に高かりしか、果して遂忠死き、, まはり、防き〓ゝかふ形勢、たとへていはんかたもなし、然りといへとも、敵, かゝりし處に、安藤彦兵衞尉〓てかゝり、しはし戰て〓臥しかは、長井右近, 死を善道に守るとは、此時そかしと思ひきはめ、助來て竪横十文字に切て, 戰ひ居たりけるか、此由を見るよりも、手前ま敵をは追ちらし、手勢引つれ、, 是は河州若江之〓, 人衆と云し内也、, 池田ノ兵, ノ進撃, 家康ノ馬, 家康麾下, 印ヲ見テ, 若江ノ三, 勝入ヲ斬, 人衆, 永井直勝, 裏崩ス, ル, 大正十二年四月九日, 五二一二

割注

  • 是は河州若江之〓
  • 人衆と云し内也、

頭注

  • 池田ノ兵
  • ノ進撃
  • 家康ノ馬
  • 家康麾下
  • 印ヲ見テ
  • 若江ノ三
  • 勝入ヲ斬
  • 人衆
  • 永井直勝
  • 裏崩ス

  • 大正十二年四月九日

ノンブル

  • 五二一二

注記 (30)

  • 149,606,68,1634助來て、勝入かくひを取てけり、池田か先手池田丹後守
  • 1094,604,70,2198々の雜兵見るか内に裏くつれし、勝入の旗本うすく成て、彌危うかりしあ
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