『大日本史料』 11編 19 天正13年閏8月 p.18

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ば、味方の中にて打たる高名成、小八郎に平助が無用と云たる場は、與九郎高名之場寄, らんべが一人敵としらずして來りけるを、天野小八郎がつかんとしける處を、平助が見, に、何かはしらず、廿騎計本道を石橋之方へ歸してくると見て、平助は其寄むかうの敵, て、せがれにて有ぞ、むごきにゆるせとてゆるさせける、今思ひ合候へば、是等ほどよ, 一町程敵之中へ行過、敵の中にての事なれば、高名をせでさゑ此者共には、高名したる, は一人もなし、只今此者共はくづれべきと申もあへざる處に、我さきにとにげゆく、も, にむかひ而、歸し來る衆と一手にならんと思ひ而、押こみてゆきける處に、一度に行け, とより敵は五六間之内にひかへたる事なれば、ほとなくのり付けり、右橋之有りける處, にて候つるが、與九郎高名は、七郎右衞門尉旗之立たる處をしらで、かけ入たる者なれ, き高名は有間敷物おと、平助も若げ之いたりにて打せず、坂井與九郎高名も、其時之高, 名を、御旗本にてはくづれくち之高名と云て、世にかくれなきやうに申共、一時之高名, る者共は、其時は一人も來る者なき所に、天方喜三郎計來る、然る間、歸し來る馬のり, 衆之口はあかざるに、思へば其時打スベきお、然間敵の中にて味方の歸すかと見ける處, を見てあれば、一人も見しりたる人なし、其時喜三郎是寄はゆく間敷ぞ、見しりたる者, スルヲ止ム, 八郎ノ童部, 高名ト天野, ヲ討タント, 忠教天野小, 酒井重勝ノ, ノ働キヲ比, 忠教退ク, 天正十三年閏八月二日, 一八

頭注

  • スルヲ止ム
  • 八郎ノ童部
  • 高名ト天野
  • ヲ討タント
  • 忠教天野小
  • 酒井重勝ノ
  • ノ働キヲ比
  • 忠教退ク

  • 天正十三年閏八月二日

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  • 一八

注記 (24)

  • 1194,718,58,2239ば、味方の中にて打たる高名成、小八郎に平助が無用と云たる場は、與九郎高名之場寄
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