『大日本史料』 12編 4 慶長十一年四月~同十二年七月 p.523

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にむかつて、謀叛人の一族たれは、傍近く召仕ふ事無用のよし仰けれは、長, 政より、栗山四郎右衞門に預置給ひて、知行百石賜りしか、長政次第に取立, 遣、又兵衞、川を渡りて敵陣の近所へ行んとせしか、川上より日本の馬の沓, 御方の大將既に川を越給ふ人有、此故敵陣近く參て物見仕に不及、早く歸, たり、急て打立給へと進め、また、朝鮮にて長政の手先、山のは〓を〓り、隔り, 日替に長政の先手を勤む、後の朝鮮陣にも亦然也、朝鮮在陣の中、所々の戰, に度々高名を顯に、就中、晉州の城先登をしけるを、加藤清正見給ひ、又兵衞, ける所に在て、敵と戰ひ興を〓にあくるを、又兵衞聞て、味方打負し由申け, 盡し高名有、其後、豐前國の逆徒等退治し給ふ時も、働き群に越たり、文禄元, 明日敵陣にかゝらんと定め、明朝早く又兵衞を物見として、敵陣近くに被, 流れ下るを見て、敵陣の方物見に行に及はす、早々引返して、長政に告て曰, 戰功多く、武勇甚人に勝たり、天正十五年、筑紫陣の時、所々の戰ひに粉骨を, 給ひ、後には家老とひとしく被召仕、孝高長政に隨て、所々の軍におもむき、, か武者ふりを感し給ひけるとそ、又朝鮮の蔚山にて、長政、諸大將と相約し, 年長政從て朝鮮に赴く、此時、母里太兵衞、黒田三左衞門、又兵衞三人にて、一, 朝鮮ニ於, 老臣トナ, ケル基次, 黒田家ノ, 慶長十一年是歳, 五二三

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  • 朝鮮ニ於
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  • 黒田家ノ

  • 慶長十一年是歳

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  • 五二三

注記 (21)

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