『大日本史料』 12編 4 慶長十一年四月~同十二年七月 p.524

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とそ申ける、案のことく又兵衞かいふに違にと也、亦朝鮮にて敵陣見へさ, を書を給ひし、其後豐前と申通するよし、長政聞給ひけれは、其事の洩ける, る處、武者ほこり立て見ゆる、又兵衞是を見て、敵は引と見へたり、いかんと, なれは、武者ほこり白みて見ゆよ、進む敵の武者ほこりは、此方へかゝりて, る、長政何を以か是を知と宣ひけれは、御方の興次第に近く聞へ候、負て引, る成といへり、其機轉の巧成事、皆此類也、慶長五年關ケ原戰の時、黒田三左, す、又兵衞か嫡子左門は、如水に隨ひ、豐後陣に行、粉骨を盡し働ける、其手に, 筑前國を拜領し、入國の後壹万六千石賜り、小隈の城, 黒し、引敵の武者ほこりは、先へつゝりて白し、薄きと濃には黒白の色加わ, 行跡よろしからさる由、長政聞給ひ、此後ケ樣の事すへからさるよし、誓紙, 衞門と同敷、長政の先手を勤む、合渡川の先陣をし、自我名を名乘ける、是我, を預給ふ、其後, か高名のを、專人にしらをんとの志也、其後、石田等か勢と戰て粉骨淺から, 事〓迷惑にや思ひけん、慶長十一年、筑前を立退、池田三左衞門輝政、本より, 又兵衞、小隈の城に居なから、他家へ方々書状を取易し、他國にましはり、且, 隨ひし小栗次右衞門なセ云者高名して、如水の感状を給り〆る、同年長政, 嘉摩郡, 二アリ, 預カル, 小隈城ヲ, 基次, 關ケ原役, 基次出奔, ノ事情, 二於ケル, 慶長十一年是歳, 五二四

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  • 嘉摩郡
  • 二アリ

頭注

  • 預カル
  • 小隈城ヲ
  • 基次
  • 關ケ原役
  • 基次出奔
  • ノ事情
  • 二於ケル

  • 慶長十一年是歳

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  • 五二四

注記 (27)

  • 1699,648,69,2210とそ申ける、案のことく又兵衞かいふに違にと也、亦朝鮮にて敵陣見へさ
  • 296,647,69,2210を書を給ひし、其後豐前と申通するよし、長政聞給ひけれは、其事の洩ける
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  • 1468,643,67,2214なれは、武者ほこり白みて見ゆよ、進む敵の武者ほこりは、此方へかゝりて
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