『大日本史料』 12編 30 元和四年是歳~元和五年六月 p.529

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き、當手の兵共こき、一人も戰せまし、此上き御軍法を背たるにあら, に身を染、首を提け、田の畔にうつくまる、安藤帶刀馬をよせて、いか, なる者そと問、細川玄蕃ろ手の者加藤采女と名乘る、大御所聞し召, き樣なし、大炊頭のうしろに備へられよといふ、玄蕃云く、およそ先, す、今見給へ、おほしめし知給はんといひし詞の下より、土井方の備, 轉の氣色なく、能圖を守て〓て出、大將安房守, を追退たり、爰に清けなる若武者、只今高名を究たりと見へて、鮮血, をも敵にあ, れ、勇士なりと宣ふ、大樹へは山岡五郎作是を言上すと云々、, 陣後陣とて、必前後こ備ルにてきなし、敵に對し、地の形勢こよりて, 敵にのふに、前に始め後にはしむるを申也、土井氏の軍始さる前こ, は、いろやうこも備る事也、先陣右、二陣左に備る事又珍らしからす、, にうつたふ、大炊此事を雅樂に告る、雅樂馬を駈來て、御軍法を背へ, 落す、かゝる處に兩御所御陣をすすめ來り給ふ、玄蕃彌競進んて、敵, はせ、當陣の者數刻戰て高名す、玄蕃自身も鑓をありせ、向敵三人〓, 大に敗す、佐久間兄弟下知をなすといへ共不叶、此時左の二陣聊動, 此時ハ與, 四郎と云, 元和五年三月十八日, 五二九

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  • 此時ハ與
  • 四郎と云

  • 元和五年三月十八日

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  • 五二九

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  • 1301,850,59,1975き、當手の兵共こき、一人も戰せまし、此上き御軍法を背たるにあら
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