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なら柴の肩衝國俊の刀を參らす、これにより本領安堵し、古所山にかへ, る、五日、種長父子居城を去て、近江國山中みうつり、生駒雅樂頭親正古所, と凡七年れり、慶長四年、島津義弘か家老伊集院源次郎忠眞、義弘に叛〓, りて異議あるへからけるの旨をつけしかは、父子共に彼陣營にいたり, 山の城をまもり、種長領すなところ二十一若城々は、こと〳〵く破却す、, 〓きなしるしとせるもの二千五百餘におよふ、種長朝鮮に在陣するこ, また太閤陣を肥後にうつして、薩摩に攻いらむとす、このとき種長父子, 留ありて、西國の諸將に領地を頒ち、朱印をさつくるのとき、種長の所領, 晋州乃城をせむるのとき、種長先乘してみつから敵數多を討とり、鼻を, を日向國にうつし、兒湯郡財部城, を生とよ、その餘しは〳〵軍功をあらはす、それかれかに、勝信とゝもに, 昌に陣取のとき、城主山中み逃れかくる、種長搜りもとめす、つゐ呆これ, る、文祿元年、朝鮮征伐乃とき、毛利壹岐守勝信と共に渡海し、八月、諸將平, 先陣にくはへらる、西國平夷乃ゝち、太閤長門國下の關にいたり、數日逗, 陣營に來るにをいそは、赦免あるへきよしをさとし、諸將もみな使を贈, をあたへられて朱印を下け, 慶長十九年六月十三日, 今高鍋城, と稱す、, 日向高鍋, 昌城主ヲ, 朝鮮役平, ニ封ゼラ, 生擒ス, ニ降ル, 父子秀吉, ノ働キ, 晋州城攻, 城ヲ去リ, テ近江ニ, 移ル, 種實種長, 慶長十九年六月十三日, 一八五
割注
- 今高鍋城
- と稱す、
頭注
- 日向高鍋
- 昌城主ヲ
- 朝鮮役平
- ニ封ゼラ
- 生擒ス
- ニ降ル
- 父子秀吉
- ノ働キ
- 晋州城攻
- 城ヲ去リ
- テ近江ニ
- 移ル
- 種實種長
柱
- 慶長十九年六月十三日
ノンブル
- 一八五
注記 (34)
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