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のうしろみとして、彼國りおもむかむことをこひ申さしろき、太閤其意, に會す、かくて西生浦に城を築そこれによま、後加藤清正とゝもに、所々, の城を攻落し、生捕もまたおほし、四年和議なるによ〓歸朝す、慶長二年, 宮より本多忠勝を添たまふ、すてに筑後肥後の境北の關に至〓のとこ, を感して、此事をゆるさ〓、よりて政宗とおなしく釜山浦にをいて諸將, 幸長發向しで退治すへきの命をかうぬる、時に太閤の請によりて、東照, 左衞門某一揆をくはたて、肥後國多くは彼に屬する乃聞あ〓により、, ろ、賊徒等誅に伏するのよし、けありけ〓は、中途より軍をのへし、又命, をう多て朝鮮に渡海す、時に伊達政宗、長政と親しみあなかゆへに、幸長, 朝鮮征伐のとき、扈從して名護屋に陣す、二年十一月二十日太閤より、父, 諸將と牒しあはをて敵兵をう〓、是年の秋太閤在陣の諸將乃、征伐に怠, 明兵朝鮮に加勢すときこゑ〓〓き、ふた童ひ渡海し、また西生浦を護り、, 長政をよひ幸長に甲斐國をたまひ、幸長十六万石を領す、是年梅北宮内, す、太閤大に其功を賞し、瀧川彦二郎忠征を使とし〓、のし〓けの刀脇指, をあたへらる、東照宮よりも、御使を賜はりて賞譽をかうふる、文祿元年, 附録, 五七三
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- 附録
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- 五七三
注記 (17)
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