『大日本史料』 12編 6 慶長十四年正月~同十五年二月 p.375

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をこふ、太閤聞て、この事かねてしらさる處なれき、かさねて家臣をして, 輔康政等をして、小田原城うけとらしめたまふときに、融成、東照宮に拜, か家臣猪俣能登某、私に眞田昌幸か上野國奈久留美の城を責とりし事, ては、先年東照宮と約するところの上野國沼田城をあたへられむこと, 本城にありてこれを守護す、其後、太閤のむねにより、東照宮、榊原式部大, から茶をあたへ、懇情餘りあり、既にして融成は國にかへる、其のち氏直, 氏直父子かたく守るといへとも、しは〳〵利を失ひ、剩、家臣松田尾張守, 〓し、本丸を康政等に渡し、氏直かもとにいたりて、城中始終のことをか, 其子細を述、沼田の城を賜はらむにをいては、氏直父子のうち、來年はか, ならす上洛すへしといふ、太閤歡てこれをゆるし、融成をとヽめてみつ, 五日、氏直城を出て降をこふ、このとき其室家を融成に預けらる、よりて, により、太閤と和睦やふれ、十八年、太閤、大軍を帥ゐて小田原城をかこむ, 憲秀か、太閤に内應せしより、城中騷動に及ひ、つゐにたもちかたく、七月, 守氏規をして大坂におもむかしめ、氏直命にしたかひ上洛するにをい, これを達すへしとなり、こゝにをいて、又融成をして大坂にいたらしめ, 慶長十四年六月三日, ヲ勤ム, 大坂トノ, 交渉使者, 小田原役, 慶長十四年六月三日, 三七五

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  • ヲ勤ム
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  • 小田原役

  • 慶長十四年六月三日

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注記 (22)

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