『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.324

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ふ、七月十二日、太閤より、壹萬貳千石を領すへきむねの判物をあたへら, 六月, 二日、, むねを太閤に請せたまふ、太閤許諾ありしかは、これより御麾下となる、, 退す、しかれとも強て命せらるゝにより、止事を得すしてこれにしたか, 郡を領し、のち父とゝもに、柴田勝家を援けしかは、太閤の勘氣をうけ、天, 祿元年、東照宮、富田左近將監知信をもつて、一時をあつかりたまひたき, 正十二年、ゆるされて太閤に屬す、このとし織田信雄と合戰にをよふの, る、のち太閤信雄と和睦に及ふにいたり、大和大納言秀長に預けらる、文, とき、先鋒に列せらるゝといへとも、信雄に敵對するにしのひすして辭, 瀧川一盆, 〔寛政重修諸家譜〕, 故瀧川一盆ノ次子一時死ス、, のち肥前國名護屋陣に供奉し、二年、下總國芝原、五反田、板川上、大藏、中田, 一時、母は某氏、はしめ織田右府につかへ、伊勢國龜山、をよひ近江國甲賀, 小盡, 六百四, ○事蹟略ス、天正十, 四年九月九日卒ス、, 十九, 丙戌朔, ちき八郎、久助、いちのり, 一時-一乘久助, 瀧川三九郎一通か祖、, 一忠, 玄, 盡, 〓つた, 瀧川一時, 慶長八年六月二日, 三二四

割注

  • 小盡
  • 六百四
  • ○事蹟略ス、天正十
  • 四年九月九日卒ス、
  • 十九
  • 丙戌朔
  • ちき八郎、久助、いちのり
  • 一時-一乘久助
  • 瀧川三九郎一通か祖、
  • 一忠
  • 〓つた

頭注

  • 瀧川一時

  • 慶長八年六月二日

ノンブル

  • 三二四

注記 (31)

  • 600,732,76,2142ふ、七月十二日、太閤より、壹萬貳千石を領すへきむねの判物をあたへら
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