『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.820

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丸虎口繩張ある、則吉田に可參よしなり、則長襠をぬきて氣の付たる羽織, り居りしか、美作か言を聞、眼をくは〓と見むらき、作州の被申分尤至極と, る所に、修理き家人に兼て持セたる間繩を持來り、忽ち其事を濟したる、秀, の身上にて首數四十八也、分わけにして見給へ、我等手の首數は貴殿手よ, り多しと云、御使者諸星金右衞門は、松山浪人大剛の兵也、居眠して柱によ, を着し供をなし、方々差圖ありしに、長竿なくてはならぬ事あり、取に行々, 云ニ付、本多伊豆閉口する、加樣の遺恨ニて纔言し、美作は其年浪人する、後, は、我手へ取首は百七拾、其方手へはたゝ四拾八也、首數多きとは如何、落合, 落合美作進出、いや我等手之頸數は、貴殿手前より多く候と爭論、伊豆守申, 康卿日來の覺悟を御感あり、後に越前へ台徳公の姫君御入輿のとき、修理, は紀伊大納言頼宣卿へ被召寄、貳百人扶持御合力にて、落合ト安と云、江戸, 美作云、貴殿は組かけて七万五千石の身上ニて首數百七十也、我は壹万石, にて浪人青木伊左衞門物語をし也, 〓ニふ御迎に出しか、俄に雨ふり出る、修理傘二三百本用意して持せ出る, 吉田修理亮はしめて秀康卿へ目見して、其席にて二の, 〔續武家閑談〕, 六, 吉田好寛, ノ用意, 元和元年五月七日, 八二〇

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  • 吉田好寛
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  • 八二〇

注記 (21)

  • 611,643,62,2217丸虎口繩張ある、則吉田に可參よしなり、則長襠をぬきて氣の付たる羽織
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