『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.538

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覺不申候、, 勝藏備より脇にて候、兵部少輔侍ともかゝり被申候、, 炮の者横矢に打かけ申候、, 所を、敵きひしく打申候故、一兩度も被押崩候と見へ申候、御旗本の鐵炮, 一兵部少輔鐵炮の者共山よりおろし候、敵へ打かけ候半とて堤へ上り候, をいたし被參候、大將と見へ候、後に迎勝藏殿としれ申候、池田勝入備は、, 一敵山よりおろしかけ候人數悉く黒母衣にて候、其内に白母衣一騎下知, 一御旗本より相模守乘込候故、拙者も供仕候間、夫より後は御旗本の事は, 人頭衆と申候は大久保次右衞門、渡邊忠右衞門、水野太郎作、渡邊彌之助、, 頭衆堤の上を眞直に乘込候、眞先へ被參候は加藤喜右衞門、御鐵炮の廿, 不存候、續之加々爪甚十郎、其外いつれも乘出候得共、〓敷折節にて候故, 一右の黒母衣衆とせり合の場へ被參候衆、松平助十郎殿、本田八藏殿、蜂屋, 七兵衞殿、久永源兵衞殿、鳥井鶴之助殿、成瀬新太郎殿、布施孫兵衞殿、坂部, 又十郎殿、相模守内鳥遠, 神谷彌五助、加藤喜右衞門抔にて候、合戰場は少下にて候に、右之衆の鐵, 金九郎、此衆は弓にて候、鑓にて, 天〓十二年四月九日, ○尾州小牧軍記, ニハ、鳥部トアリ、, ヲ攻ム, 忠泰進撃, 家康〓下, 直政ノ兵, 勝入ノ陣, 直政部下, ノ戰功, 家康〓下, ノ鐵炮組, ノ鐵炮組, 森長可, 天〓十二年四月九日, 五三八

割注

  • ○尾州小牧軍記
  • ニハ、鳥部トアリ、

頭注

  • ヲ攻ム
  • 忠泰進撃
  • 家康〓下
  • 直政ノ兵
  • 勝入ノ陣
  • 直政部下
  • ノ戰功
  • ノ鐵炮組
  • 森長可

  • 天〓十二年四月九日

ノンブル

  • 五三八

注記 (32)

  • 508,698,57,285覺不申候、
  • 857,700,65,1580勝藏備より脇にて候、兵部少輔侍ともかゝり被申候、
  • 1211,701,60,784炮の者横矢に打かけ申候、
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