『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.676

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近藤秀用, 井伊万千代とのへ, 時家康公、信雄公よりの頼ニて御出馬、秀吉公と諸將御對陣、小牧、長久手, 直政、秀用とはかりて、旗を山の半腹にたて、兵をわかちて三列とす、味方の, 勢堀秀政かために敗られ、麓まてくつれかゝるといへとも、直政の陣にを, を敗る, こ戰、秀吉公の戰將池田、森等其陣堂々たり、直政しは〳〵兵を率し、敵陣, く井伊直政に屬す、このとた直政先鋒たり、既に備を立んとするにをよひ、, 鳴海にをいて仰を蒙り、菅沼次郎右衞門忠久、鈴木三郎大夫重路とおなし, 武邊者ニ候、猶追而可被仰渡也、, ニ蒐入、これを追崩す、池田、森等敗軍討死也、直政自身鑓を取高名あり、守, 死仕候、其方働一人之覺悟を以、味方之人數得勝利候、偏家康將軍之寶大, よはす、これにより鐵炮をはなち、急にすゝんて、秀政をよひ池田勝入か軍, 勝又首二級得たり、家康公御感之上意也、, 〔木俣土佐紀年自記)一天正十二年甲〓ヽ織田信雄公と秀吉公と矛盾、此, 十二年、長久手陣のとた、, 〔寛政重修諸家譜〕, 天正十二年四月九日, ○コノ感状疑ハシキトコ, ロアレドモ、姑ク茲ニ掲グ、, 勘助、登助、, 平右衞門, ○上下略、寛永諸家系圖, 八百四, 傳近藤秀用傳異事ナシ、, 十二, 直政ニ屬, 近藤秀用, 秀政及ビ, ヲ破ル, 勝入ノ軍, 六七六

割注

  • ○コノ感状疑ハシキトコ
  • ロアレドモ、姑ク茲ニ掲グ、
  • 勘助、登助、
  • 平右衞門
  • ○上下略、寛永諸家系圖
  • 八百四
  • 傳近藤秀用傳異事ナシ、
  • 十二

頭注

  • 直政ニ屬
  • 近藤秀用
  • 秀政及ビ
  • ヲ破ル
  • 勝入ノ軍

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  • 六七六

注記 (32)

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  • 1547,1060,59,544井伊万千代とのへ
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  • 138,639,54,195を敗る
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