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ゑいとう〳〵と云かよし、皆々其通り心得よと宣ひて、御馬にめされ急き, 川といふ所にて夜も明はなれ、御先手敵に取附たるよし聞えけれは、御物, せける、御物具被成内に、被仰渡は、惣軍勢かけ聲ゑい〳〵といふはあしゝ、, 道へ懸り追行ゆへ、久太郎勢に逢す、榊原、大須賀敗軍を聞て、是も追留り引, 退、池田も森も久太郎に押續て追掛ける、かくて家康卿は長久手の内猪腰, しく聞ゆ、山を下り給ふ時、はや落城と見へ、火の手上りきる、急き給ふに、勝, 郎兵衞、有泉大學以下精兵五十計、混甲にて身命を捨て、返し合〳〵防戰故、, 見被成、御具足はため塗黒糸、御甲は椎形ためぬり、丹羽六太夫御具足めさ, 貳百八十人討れ、五郎左衞門も式部も危く見えし所に、穗坂常陸介、岡部五, 式部、五郎左衞門も、やう〳〵に〓引返しける、本多豐後守、水野宗兵衞は餘, に久野三左衞門家老本間忠三郎高名の首持參、御目見、さて高名の人々ひ, 給ふ、水野藤十郎勝成一番高名、甲首持參候と、今朝合戰の初る樣子言上、次, 退にす、五郎左衞門勢横須賀の者返し合せ〳〵防きける、家康方の兵とも, 原の東南の山へ、九日の寅の刻御著陣、時に岩崎山の方に當て、鐵炮の音夥, た〳〵と參りける、長久手らしていそお給ふ所に、また御先手敗軍のよし, 奮戰, 家康長久, 穴山衆ノ, 手ニ出ヅ, 天正十二年四月九日, 八六〇
頭注
- 奮戰
- 家康長久
- 穴山衆ノ
- 手ニ出ヅ
柱
- 天正十二年四月九日
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- 八六〇
注記 (21)
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