『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.966

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平年中、, すと云、御位牌有之、, 一美濃國可兒郡帷子庄石原村普傳山眞禪寺, と書て社頼母敷可存と云しとかや、又或時美濃士も齋藤龍興乃時代と, んじやう計也、然レハ武篇嫌ひと見ゆる也といひしと也、, 替り、武邊嫌ひニならしやつた、土田口は足場惡し、香々美野青野原口は, 金山城, 状ヲ所持す、長可君の御葬式の節の法語も有し處、觀音堂炎燒の時燒失, して赤穗ニ來ル、同年秋八月十八日、村瀬林左衞門江戸よりの歸るさに、, 場廣クして少人數にては防かたし、江渡口は大河故引取惡しと、教地く, 附セラレ、菩提寺たるのよし、即チ天正十一年六月廿二日、長可君の寄附, 右眞禪寺へ參詣いたせし也、眞禪寺は人皇四十四代聖武天皇の御宇天, 主長可君方丈建立し給ふ、後寺領八貫貳百六文、外ニ山七拾六丁通り寄, 御菩提寺たるのよし、其故ヲ以文化四〓卯年夏、住僧敬州和尚目見願と, 長可君の, 天正十二年四月九日, 行基菩薩開基の靈場ト云、天正十一癸未任, 前武州太守鐵圍秀公大居士神儀, 古は不傳山、後改普, 文武皇帝, 大寶中〓, 傳山ト云トいへり, 住僧, 大圓, 美濃眞禪, 士風ノ推, 移, 寺, 九六六

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  • 古は不傳山、後改普
  • 文武皇帝
  • 大寶中〓
  • 傳山ト云トいへり
  • 住僧
  • 大圓

頭注

  • 美濃眞禪
  • 士風ノ推

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  • 九六六

注記 (29)

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