『大日本史料』 11編 7 天正12年4月 p.652

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ある二十尋の深度を進まん爲めなり、朝直ちに彼のレームの島を認めた, のなりき、それは我等の聞知せし所によれば、タウコアンの河の故にして、, て大なる帆を上げ、西方の航路を採れり、我等が通過すべき水路の中道に, に浮航せり、深度は常に二十五乃至二十六尋なりき、夜半過ぎ、我等は始め, イリヤ・ブランコを通過する迄續く由なり、之より其水流は、進路を變じて、, 短きことを見出したり、我等は夜に入るや、帆を悉く降し、帆無くして南西, マカオと近接せるイリヤ・ド・レームに向つて進むと云ふ、ラモンよりイリ, り、我等が其東方及び西方附近に在る時、其島は小さく見えしが、更に之に, 他章に於て述べたるが如し、, 第四十二章平戸の島より支那の海岸マカオ港に至る迄の航海の記, 近づき、水路を進み行くに從ひ、盆大きく見えたり、其島の入口に當りて、右, 側に二小島あり、之よりマカオに至る迄、島々一列に竝びて續きたり、之は, ア・ブランコに至る迄、絶えず西南西の航路を採りて進むに、其道の極めて, 平戸の島を出でて、支那のマカオ、若くは廣東に赴かんと欲する者は、若し, 事、, ノ航路, まかおへ, 平戸ヨリ, 天正十二年六月二十八日, 六五二

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  • ノ航路
  • まかおへ
  • 平戸ヨリ

  • 天正十二年六月二十八日

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  • 六五二

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  • 964,636,62,2210ある二十尋の深度を進まん爲めなり、朝直ちに彼のレームの島を認めた
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