『大日本史料』 11編 10 天正12年10月 p.428

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は、既に述べし者の外に六十人洗禮を受けてキリシタンとなりたり、, 必要なるものは悉く寄進すべしと言へり、, 爲め、野津、清田、府内及び由布の聖堂を巡拜することを決意せり、これらの聖堂は互, 異教徒等より得し喜捨を悉く大坂に送りゐたりしなり、さればかくの如き善き役目を失, 有したる尊敬は悉くキリシタンの教のことに對する愛と厚情に變じたり、, 教化の事業はかくの如き熱意を以て行はれ居りしが、これは惡魔に取りて大いに悲しむ, ひしことは彼等にとりて大なる損失なりき、彼が前に惡魔竝にこれに仕ふる者に對して, 建築中なりしが、彼は百クルサドを寄進し、更にリアンに向ひて、今後同聖堂の爲めに, せし人なりき、彼は大坂の坊主の宗旨に屬し、彼等の會計吏の如き者にして、豐後に於て, 世子の家臣にして身分ある武士二人洗禮を受けたり、一人はデウスのことに激しく反對, に遠く離れ、しかも彼は老人にして常に病勝ちなりしにも拘らず、パードレ一人、イル, フランシスコ王は昨冬以來病みゐたりしが、少しく快方に向ひたるを以て感謝を表する, マン一人を同伴し、少からず苦難を重ねて數箇所を巡歴せり、野津に於ては當時聖堂を, べきことなりき、されば教化事業を全く防止することは不可能なるも、多少妨害するを得, 士ノ歸依, 巡歴ス, 地ノ聖堂ヲ, 義鎭領内各, 身分高キ武, 天正十二年是歳, 四二八

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  • 士ノ歸依
  • 巡歴ス
  • 地ノ聖堂ヲ
  • 義鎭領内各
  • 身分高キ武

  • 天正十二年是歳

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  • 四二八

注記 (21)

  • 1785,631,66,1748は、既に述べし者の外に六十人洗禮を受けてキリシタンとなりたり、
  • 508,624,60,1052必要なるものは悉く寄進すべしと言へり、
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  • 1427,626,76,2242異教徒等より得し喜捨を悉く大坂に送りゐたりしなり、さればかくの如き善き役目を失
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