『大日本史料』 11編 13 天正13年正月 p.28

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居けれは、急ニ調儀もなく、依之宗綱公御心彌せき給い、御馬廻り計にて飛駒ノ方え打, 場ヲ荒し、麻畑ヲ踏散し、立毛ヲ振、種々狼藉無限り、山上道及、天徳寺抔か思慮も恥し, 郷人迄無油斷樣可相守と被仰、依テ用心嚴鋪居たりけり、斯テ佐野宗綱公は、天正十三, 數ヲ出し、名草ゟ攻寄ント風聞有、取分ケ次華ノ城主筑前守が小勢無心許、歩弓ヲ加へ, と被仰處え、大祓隼人參上仕たり、大貫ニも右之趣被仰けれは、隼人承て申樣、仰御尤, 俄ニ御出馬催されける、, と云、三日始迄は御延引可然と申上けれ共、御承引なく、大年ノ夜ノ丑ノ刻ニ相觸て、, 元朝ノ事なれは、歩弓・物頭も心不勇相見へ候、其上足利遠見番處ノ早鐘もけはしく聞, 候得共、元曰ノ御出馬は御延引可有、小の月晦曰・正月朔曰は軍ノ日取ニ項羽も過嫌, 出給ふ、赤見・大祓・富士源太、御馬ノ口ニ取付て、是非此度は御延引御歸城被成可然、, 年乙酉正月元日早旦ゟ彦間ノ筑前か居城へ可押寄トテ被觸けれ共、諸物頭爰彼處山ヲ隔, へ候、未夜深く前後左右も不見分候と申けれ共、御承引なく、道堀ノ無差別も馬ニ鞭打、, 一足利顯長公は、諸物頭ヲ召て被仰けるは、此頃取沙汰ニ、佐野宗綱近年之遺恨ニ依テ人, 糀崎ヲ預ケ置たる小野兵部兄弟ヲ被討たる計也、彼是ノ遺恨か近年免嶋・名草境ノ馬草, 麻畑, ノ出陣ヲ諫, 家臣等宗綱, 馬草場, 止ス, 天正十三年正月一日, 二八

頭注

  • 麻畑
  • ノ出陣ヲ諫
  • 家臣等宗綱
  • 馬草場
  • 止ス

  • 天正十三年正月一日

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  • 二八

注記 (21)

  • 682,674,61,2239居けれは、急ニ調儀もなく、依之宗綱公御心彌せき給い、御馬廻り計にて飛駒ノ方え打
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