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可爲靜謐候、此段可被承知候様こと存候、委細左兵衞に申含候、火急不能詳候、右之趣, 門・杉若主水都合七千餘騎、根來衆を初口郡の郷士大半後詰之由、急を告ル、湯川・和, さる、其比一夜法印方ゟ和田駿河守・湯川兵部少輔方迄羽書來る、其文ニ、先比湯淺右, 田・玉置・宮崎・白樫等各談合あつて、熊野士計ニ而讐を成と言とも、蟷螂が斧石を抱, 海中故あらん者爰ニ來て祝萬歳を其事もなく、剩所々に關を居へ往還を妨ると言、彼是, 之郷士をかたらひ、都合三萬餘之人數御味方ニ參り騒動す、自是神領滅亡の起とわ成, 近・白樫七郎次郎方迄來使之書状令承知候、然は各仲間申合、早速可罷登候、拙者取持, 領家方え及相談可然と言も有、同心無之も有、談合區々にして一決せず、然處に大坂の, 數曰難差置之旨、評定有て、増田右衞門尉長盛承之、關所停止之旨、本宮社務方に申遣, 催し紀演に走加り、國中之郷士ともニ騒動す、其欝憤難默止處ニ、當家之代と成て、四, る、, 評義ニ、熊野え近日打手被指向之由、大將蜂須賀彌左衞門・仙石權兵衞・尾藤久右衞, 天正十三年秋九月、大樹秀吉公群臣を集、熊野方先年足利義昭ニ屬し、三萬餘之人數を, て淵に入か如し、利可有とも不覺、雖然、秀吉に屬する諸大名、多は下タ心ニ欝憤を差, 天正十三年三月二十五日, 三一四
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- 天正十三年三月二十五日
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- 三一四
注記 (16)
- 769,681,75,2247可爲靜謐候、此段可被承知候様こと存候、委細左兵衞に申含候、火急不能詳候、右之趣
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- 1763,677,76,2234之郷士をかたらひ、都合三萬餘之人數御味方ニ參り騒動す、自是神領滅亡の起とわ成
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