『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.414

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手を備へ、敵を松原へ引付、八町繩手, 佐申候は、たとひ何方ニて承候とも、市塲にて引請合戰可然う申候、龜田, 難得候間、一里引取、蟻通之明神, しのゐの町にて合戰可仕候、此地は如御存知、蟻通の松原有て、味方の多, 隅は、今度之合戰人にすくれ不申候はゝ、討死可仕〓但馬守殿へ誓紙を, 勝しるへきと申候へは、重〓左衞門佐被申候者、いかに合戰御勝候とも、, 今日敵を見すして聞にけ仕儀、先以吉凶惡く候間、大隅は引とも、左衞門, 申候者、尤左衞門佐被申所も候へとも、合戰き極意勝事專に候へは、先以, へ向候由申來、依之先手之者とも在家へ打寄、合戰之評定ス、淺野左衞門, る所にて候へ者、四万ニて寄來大敵を、五千之小勢を以合戰候はゝ、勝事, 此市塲東は野畑廣くして山遠、西は海にて濱邊廣く、馬のかけ引自由れ, 佐におゐて引取申ましきと申ニ付、大隅言葉を大にして云、か樣に申大, 少見すかされす、又八町繩手は兩方澤田にく、一騎打之處にて、大勢來り, かたし、さ候へ者何萬と申共、一騎合之勝負れり可申候条、合戰は慥ニ御, 上ケ置申候、此市塲を引取、明日かしの井ニて討死か、左なくは一番鑓仕, を〓炮にくくり引に仕、か, 之松原を前に當、私は安松に先, 元和元年四月二十九日, ○泉南郡, ○同郡南, 長瀧村, 中通村, 諸將方略, 淺野氏ノ, ヲ議ス, 四一四

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  • ○泉南郡
  • ○同郡南
  • 長瀧村
  • 中通村

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  • 諸將方略
  • 淺野氏ノ
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  • 四一四

注記 (26)

  • 1116,728,58,1067手を備へ、敵を松原へ引付、八町繩手
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