『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.667

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を廻り、小牧へ御馬入、惣御人數も御打入被成候、, の甲を、何にいたし候半とて著不申候哉と、以の外に申候故、ケ樣に恥し, 數相添、今夜龍泉寺山へ夜合戰に懸り候はゝ、則追崩し、犬山ゟこなたに, 御引取被成、間もなく、秀吉公龍泉寺の山へ後詰の勢を御上け候、權現樣, 著不申を惣兵衞見申候而、其方か甲は何のためそ、ケ樣の時著可申ため, 候、本多中書は遲く小幡へ著、人數も荒手にて候間、中書人數に惣兵衞人, と、權現樣へ惣兵衞しきりに申上候へは、尤の儀に候得共、夜合戰なとは, 自然あふなきものにて候、勝て甲の緒をしめよと候へは、必無用と御意, 遲く龍泉寺御退被成候はゝ、秀吉公御引おろし、又御取合可有之處、早々, 敵を御追崩し御勝なされ、首を御實檢被成、勝閲三度上り、小幡の城へ急, 一長久手の合戰に、四月九日、小幡を打出申時、拙者眼病氣に罷在候故、甲を, 小幡へ被成御座候故、秀吉公手を御失ひ、其夜は龍泉寺の山に御陣被取, 御座候ゆへ、押返しては難申上、御前を罷立候、夫より尾張の比良と申所, と秀吉公を討取可申と、天下の勝は此時にと候間、是非今夜押懸り可申, と申所迄押立れ申所へ、權現樣被爲向候而、其押立られ候人數を以、直に, 天正十二年四月九日, 天正十二年四月九日, 六六七

  • 天正十二年四月九日

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  • 六六七

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  • 644,697,60,1439を廻り、小牧へ御馬入、惣御人數も御打入被成候、
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