『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.16

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返し〳〵退給ふを、敵六七騎追あけ、山際をのく母衣武者の出しは見しり, 許にてひかへたる眞中へ、眞黒に〓てかゝる、兩陣互に黒煙を立挑戰、森も, 原等かひあへたる陣の前に沼有けるによつて、急にかゝる事を得す、とか, たるだ、野呂助左衞門にてはなたか、貳も後を見せ候者あな、引返し勝負し, 給へと云し處に、此小刀を形見に、子共の方へと計被仰、面もふらす引返し, へ引入處を、息をもくれす、犬山近邊まてをしかけ〳〵討ほとに、敵悉く敗, 左衞門尉取と歸し、しはらく鑓を合せ戰ひ、討死ををしたりける、長子野呂, くするうちに沼をめくり馳加りぬ、其後追々味方馳加りける間、敵は彌氣, 討死し給ふ也、い〓た御退候へと諫けれは、をのまか存分には似合たる, 助三は夢にもしらす、五六町も退し處に、助左衞門尉馬取の者見えたり、助, を失ひ、味方は彌力を得、勝に乘て北るを追、羽黒乃東山きはにして、野呂助, 三呼寄て、父の行衞いかにととふに、されは候、貴殿を尋ふ、跡をしたいて見, 心剛に能勇士多かりけれとも、味方急に揉立しかは、足を立かふ、羽黒の内, 走し、爰なしこにて、五人三人返し合〳〵うたるゝ者多かりけり、大須賀、榊, と云、鬢の髮をきり妻の方へ、汗巾を母の方へとて小姓に渡し、何も退候へ, 大須賀康, 高榊原康, 政モ參加, 野呂助左, 衞門, ノ陣ニ〓, 入ス, 信昌長可, 同助三, 天正十二年三月十七日, 一六

頭注

  • 大須賀康
  • 高榊原康
  • 政モ參加
  • 野呂助左
  • 衞門
  • ノ陣ニ〓
  • 入ス
  • 信昌長可
  • 同助三

  • 天正十二年三月十七日

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  • 一六

注記 (26)

  • 604,615,59,2203返し〳〵退給ふを、敵六七騎追あけ、山際をのく母衣武者の出しは見しり
  • 1779,606,60,2210許にてひかへたる眞中へ、眞黒に〓てかゝる、兩陣互に黒煙を立挑戰、森も
  • 1307,611,59,2202原等かひあへたる陣の前に沼有けるによつて、急にかゝる事を得す、とか
  • 485,619,59,2202たるだ、野呂助左衞門にてはなたか、貳も後を見せ候者あな、引返し勝負し
  • 367,611,60,2207給へと云し處に、此小刀を形見に、子共の方へと計被仰、面もふらす引返し
  • 1543,621,60,2196へ引入處を、息をもくれす、犬山近邊まてをしかけ〳〵討ほとに、敵悉く敗
  • 955,614,59,2205左衞門尉取と歸し、しはらく鑓を合せ戰ひ、討死ををしたりける、長子野呂
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  • 719,612,63,2209三呼寄て、父の行衞いかにととふに、されは候、貴殿を尋ふ、跡をしたいて見
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