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之かと尋けれは、秀家被申は、前方加賀ゟ合力有之けれ共、今程は無之と被, といふ、秀家書状を相頼、庄兵衞歸國して、右書状の儀を相伺けれは、不苦相, 屆候樣にとの事にて、利常へ相屆けり、利常被申は、前々合力致けれ共、相屆, の御用仕〓歸國の節、飯米拾俵餘相殘けるを、秀家へ相送ける所、發足の日, 六といふ者也、後に道鎭と號す、扨庄兵衞申けるは、何方ゟも御合力等も無, 候哉不慥、□□近年合力も不遣、重ては貴殿迄相頼遣度とて、夫ゟ庄兵衞へ, 返し遣ひ切歸國しけり、秀家は、能々の不仕合仁也、秀家の子を八郎といふ, 大風雨にて延引、依之又右の米を借返し、段々天氣あしく延引の内、大方借, 頼合力有之、庄兵衞死後には、八丈の名主へ頼遣すといふ、〓庄兵衞、八丈表, 申、此時分は加賀利常の代也、庄兵衞云、然は利常へ書状を可被遣、相屆可進, 如此也と被申、庄兵衞も哀に思ひ、此方ゟ其段可申付とて、膳部を遣ける、庄, 家、成程其通に候、前方は七千石遣候者の由被申ける、家傳に、此家來村田助, 此島にて妻子を持候處、終にケ樣の食を見不申、御影にて妻子に見せ申度, 取寄、懷中ゟ古き手拭を出し、食を包みける、庄兵衞いかにと尋けれは、秀家, 兵衞いふ、今日供に被連者も、以前は宜敷被召仕候者ならんと問けれは、秀, 秀家ハ能, 秀家食ヲ, テ妻子ニ, 包ミ携ヘ, ノ合力, 示ス, 能ノ不仕, 加賀ヨリ, 合, 慶長十一年四月是月, 四八
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- 秀家ハ能
- 秀家食ヲ
- テ妻子ニ
- 包ミ携ヘ
- ノ合力
- 示ス
- 能ノ不仕
- 加賀ヨリ
- 合
柱
- 慶長十一年四月是月
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- 四八
注記 (26)
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