『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.169

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立くそゐ告りける、かくて秀吉はしつかたけ山より下り、軍兵共に下知し, に働へきと殘る程に、以上雜兵共に五十計も殘りけるを、茶臼山に眞丸に, て御自害被成事、後々迄の惡名なるへし、北庄まて御のき被成、城中にて心, 候はゝ、踏留り候而、敵十万騎にて追懸來とも、恐らとは御影をみかくす程, 思ひ定めて殘りける、庄助は勝家の馬印を取持、此所は場所廣して敵を防, 害あるへきと被申けれ共、再三こゝろよけにいさむれは、勝家けにもと思, に便り〓しと、拾町計引退、茶臼山といふ所に御幣指立、寄る敵を待けるは、, は、一人もとをすましきと申家れは、勝家の曰ク、いやとよ、秀吉ははやき者, ひ、馬印金の御幣を給はりけれは、庄助請取、弟の庄兵衞に向ひ、汝は勝家の, 進出て申きるは、君ぬ戰場に向て、軍功天下に肩を雙ふる者なし、今途中に, おもひ〳〵に退候へと被申けれは、勝家小姓あかりに毛受庄介と云し者, 佐藤村上にもおとらしとこそみへにけれ、又義心金鐵ま兵共、庄介と一所, 也、于今追懸來る〓し、雜兵の手にかゝり追討にうたれむより、こゝにて自, 靜に御腹めさるへし、おそれは多御座候へとも、御馬印を我に御預け被成, 御供申、北の庄へ歸へれと申けれとも、庄兵衞同心せす、一所に討死さんと, 秀吉ハ敏, 勝介茶臼, 山ニ備ヲ, 毛受庄兵, 立ツ, 雙ブモノ, 功天下ニ, ナシ, 勝家ハ軍, 捷, 衞, 天正十一年四月二十一日, 一六九

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  • 秀吉ハ敏
  • 勝介茶臼
  • 山ニ備ヲ
  • 毛受庄兵
  • 立ツ
  • 雙ブモノ
  • 功天下ニ
  • ナシ
  • 勝家ハ軍

  • 天正十一年四月二十一日

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  • 一六九

注記 (28)

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