『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.173

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

して、己か居城北の庄へを歸り給ふ、, 八郎、赤尾孫助、西脇彌五助ニ候、少之せりあいは有之候へとも、玄番跡を, しつかだけのふ〓筋を、柴田三左衞門三千計ニ而ほりきりを南へ越、南, 今是へ打むかふなり、秀吉に對面したまひ、よきに頼あるへしと被申けれ, は、何そ秀吉に對面申筈にても無御座候へは、此城にて切腹仕候はんとの, 返事也、勝家おしかへし〳〵、か又らす〳〵秀吉を頼たまへと、心よけにそ, 取候所を、太閤樣美濃ゟ其日之内ニ懸付被成候ニ付、玄番次日之朝、夜を, 宣ひける、さて勝家被申けるは、我今朝より支度せに、何にても御出し候へ, 不殘被相著、勘兵衞も先なみこ引付、爰にて右左ニならひ候面々淺井喜, と食をこひ給へは、畏候とて、湯つけを出し給ひけまは、ゆる〳〵と支たく, かけ前日仕懸候うみばた拾町計有之谷あいを引取申故、大閤樣御先手, むきにしにかたけをおさへ申候、柴田玄番壹萬四五千にて、其ほり切ゟ, よごのうみばたを東向押上ケ、中河瀬兵衞を討果し、其夜其場ニ玄番陣, なき仕合也、貴樣は秀吉と内々入魂の事なれは、何の子細も候はし、秀吉只, 六、柴田合戰之樣子柳瀬表へ大閤樣ゟになきの城, 〓渡邊勘兵衞記)〕〓市, 〔渡邊勘兵衞記〕〓近六、柴田合戰之樣子柳瀬表へ大閤樣ゟつなきの城, 天正十一年四月二十一日, 收賤嶽記異事ナシ、, ○余吾物語、盈筐録所, 西脇彌五, 淺井喜八, 渡邊了, 降ランコ, ニ秀吉ニ, トヲ勸ム, 郎, 助, 勝家利家, 一七三

割注

  • 收賤嶽記異事ナシ、
  • ○余吾物語、盈筐録所

頭注

  • 西脇彌五
  • 淺井喜八
  • 渡邊了
  • 降ランコ
  • ニ秀吉ニ
  • トヲ勸ム
  • 勝家利家

ノンブル

  • 一七三

注記 (30)

  • 1234,607,64,1068して、己か居城北の庄へを歸り給ふ、
  • 289,668,76,2136八郎、赤尾孫助、西脇彌五助ニ候、少之せりあいは有之候へとも、玄番跡を
  • 985,676,76,2145しつかだけのふ〓筋を、柴田三左衞門三千計ニ而ほりきりを南へ越、南
  • 1808,612,77,2207今是へ打むかふなり、秀吉に對面したまひ、よきに頼あるへしと被申けれ
  • 1691,619,77,2196は、何そ秀吉に對面申筈にても無御座候へは、此城にて切腹仕候はんとの
  • 1576,608,75,2211返事也、勝家おしかへし〳〵、か又らす〳〵秀吉を頼たまへと、心よけにそ
  • 637,669,78,2148取候所を、太閤樣美濃ゟ其日之内ニ懸付被成候ニ付、玄番次日之朝、夜を
  • 1455,608,77,2205宣ひける、さて勝家被申けるは、我今朝より支度せに、何にても御出し候へ
  • 406,669,76,2138不殘被相著、勘兵衞も先なみこ引付、爰にて右左ニならひ候面々淺井喜
  • 1341,613,76,2205と食をこひ給へは、畏候とて、湯つけを出し給ひけまは、ゆる〳〵と支たく
  • 520,676,77,2134かけ前日仕懸候うみばた拾町計有之谷あいを引取申故、大閤樣御先手
  • 871,674,74,2143むきにしにかたけをおさへ申候、柴田玄番壹萬四五千にて、其ほり切ゟ
  • 754,680,76,2134よごのうみばたを東向押上ケ、中河瀬兵衞を討果し、其夜其場ニ玄番陣
  • 1923,619,77,2199なき仕合也、貴樣は秀吉と内々入魂の事なれは、何の子細も候はし、秀吉只
  • 1101,1328,73,1486六、柴田合戰之樣子柳瀬表へ大閤樣ゟになきの城
  • 1103,570,99,647〓渡邊勘兵衞記)〕〓市
  • 1099,566,104,2264〔渡邊勘兵衞記〕〓近六、柴田合戰之樣子柳瀬表へ大閤樣ゟつなきの城
  • 204,676,45,472天正十一年四月二十一日
  • 1214,1696,45,554收賤嶽記異事ナシ、
  • 1256,1696,50,610○余吾物語、盈筐録所
  • 314,233,42,167西脇彌五
  • 406,231,39,171淺井喜八
  • 450,233,38,124渡邊了
  • 1920,248,37,163降ランコ
  • 1964,260,36,153ニ秀吉ニ
  • 1874,254,41,160トヲ勸ム
  • 364,230,38,40
  • 273,230,38,36
  • 2007,250,42,172勝家利家
  • 188,2423,43,109一七三

類似アイテム