『大日本史料』 11編 14 天正13年3月 p.315

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歸り見れば狂歌有、, さんと言ける、鈴木・木山・世古・熊代・吉川等相供に押留め、大將麁忽之御事、秀吉, 小松原の城切取られ、過急成夜討、武具を望むる間も弓鐵炮を取〓すまもなく、味方數, 引も不切馳集る、此城と申は、昔玉置安俊築之、畠山義就數ケ度せむれとも終に不落、, 年々のねかひにもれし小松原おく病風に引れてそゆく, 是非を不辨時節也、一先敵を引受相戰、不叶時は熊野に引籠りなば、幾萬騎寄來るとも, 多討れ、湯川も無是非、ほう〳〵の體にて奥の方え落行、芳養に止宿す、鹿ケ瀬人數立, 後に龍神三郎左衞門謀計を以落城す、此嶮難を便とし、心強く大木大石をあつめ、幾萬, 志賀・小中・三薗尾・由良・吉田・宇原木・脇田・栗山・大江・中村・志麻、五十七十, 騎に而も引受んと囘天の氣を呑で待處に、日高ゟ急を告る、夜前上方勢由良ゟ寄來り、, 一二年に而は輙く落まじ、其内助の勢も可出來歟と一列して、先鹿ケ瀬の古城跡に柵を, しつらひ、敵を待へしとて集る人々には、湯川安藝守・湯川與太夫、湯川竹村田一族, 挾み、世も不鎭、其内如何成變あらんや、不運にしてたとへかはねを軍門に晒と言とも、, 此事湯川直春聞而、縱尸を軍門にさらすと言とも、立歸り一軍せでは叶ふまじとて引返, 天正十三年三月二十五日, 三一五

  • 天正十三年三月二十五日

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  • 三一五

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