『大日本史料』 11編 15 天正13年4月 p.3

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む、後藤・筑紫數百挺の鐵炮を霰の降か如く放ち懸けれは、伊藤・福田浮足に成所を、, り、備を立直せ、と〓に下知して、十三部野と云所にて、馬の頭を立直し、備をたてん, は、備を立直すへきやうなく忽に敗走す、後藤・筑紫馬上に再拜を振て、敵は小勢な, 人數を率し、高良山へ著陣す、在陣の諸軍力を得て勇みける、是は道雪・紹運より義統, 高良山の先座主麟圭等、一手に合て五六千人、筑後河を打渡り、久留米口祇園原に打出, 後藤・筑紫大軍を驅て進みけれは、紹運の先手敗軍す、紹運是を見て、成富左衞門・萩, 餘人を率し、祗園原へ馳向はる、紹運の先手伊藤・福田等小森野と云所にて合戰を始, し、勢を加へて勇をすゝめんとの謀とそ聞へし、是に依て諸將評議有て、新手添たる競, 入れらる、靠る所に、豐府より追勢として、戸次左京入道玄珊を始め四五頭、球數郡の, たり、豐府の諸將は數千人にて、秋月・草野・兩星野等を押へけれは、道雪・紹運三千, へ出馬をしきりにすゝめ申されしか共、出馬なけれは、高良山の在陣諸軍鋭氣撓むへ, に一働と催しける處に、同月十八曰、龍造寺家人後藤善次郎・筑紫上野介・畑・高木, 又出あり、榎津・酒見邊まて燒拂はれしか共、敵一騎も出合さる故、人數を高良山へ打, 尾大學を先驅として八百餘人、曳々聲を揚て、打て懸り給へは、足長に追來る敵なれ, 敗ル, 戸次玄珊高, 紹運ノ先手, 原ニ出ズ, 紹運等ノ反, 良山ニ著陣, 肥前勢祇園, 撃, 十三部野, 天正十三年四月十八日, 三

頭注

  • 敗ル
  • 戸次玄珊高
  • 紹運ノ先手
  • 原ニ出ズ
  • 紹運等ノ反
  • 良山ニ著陣
  • 肥前勢祇園
  • 十三部野

  • 天正十三年四月十八日

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注記 (25)

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