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つ敵なし、此〓城ともを攻取るとも、さのみ功とするに足らす、其上元親謀略を構へ、わ, さと諸將等に戰ひを挑ませす、阿州へ引取らせしは、植田の狹隘に味方を誘引入れ、元, 出し、慕ひ付て咬留めんとす、されとも味方は手輕く人數をまとめて物わかれしたりけ, 引揚んとせし時、城中より細川源左衞門・前田平兵衞等か手の者、鳥銃二百挺はかりを, れ等の謀略に陷らんや、今元親阿州に在陣のことなれは、是より阿州に打て入り、秀長, 親間道より打て出、味方の歸路を斷ちきり、さし挾み撃んとの計略ならん、我れ何そこ, 敵を追ひ拂ひ、近邊少々放火をなし牟禮・高松に引あけんと云、五將其意を受け、既に, り、翌二十七日、黒田孝高諸將と議しけるは、我つら〳〵考るに、所詮當國には手にた, 兵力を勞せんより、直に阿州へ向ふへしと申けれは、諸將も此議を然りとし、秀家を始, は、元親か弟長曾我部掃部助親安か籠りたる一の宮の城に向て、親安を降らしめ、三好, の手と一ツになり、根本の元親を打取らは、讚州は手をおろさすして降りなん、無盆の, めともに阿波へ向はんとす、, 阿讚の境なる大坂越へをして阿波國撫養に到著す、總軍凡八萬五千餘兵なり、羽柴秀長, こゝにおいて、, 家傳に云、元親降和之後、味方の諸將に談りけるは、我植田の嶮隘に城を築, 諸將其手立に陷らす、阿州に軍を向けられ、わか本意を空うせしは殘懷せりと話りしとそ, き、城兵を餌場に飼ひ、浮田以下の大軍をかの難所に誘引入れ、われ大西よ, り神内鯰越をして前後よりおし詰め、夜討に敵陣をかけ亂さは、勝利掌の内に在りと謀りしに, 據ヲ衝カバ, 植田城兵ノ, 謀略ヲ觀破, テ元親ノ根, 阿波ニ入リ, 讚岐ハ降ラ, 著ス, 波撫養ニ到, 反撃, 孝高元親ノ, 宇喜多勢阿, 秀長ハ一ノ, 宮城ヲ降ス, 天正十三年七月十九日, 一八一
割注
- 家傳に云、元親降和之後、味方の諸將に談りけるは、我植田の嶮隘に城を築
- 諸將其手立に陷らす、阿州に軍を向けられ、わか本意を空うせしは殘懷せりと話りしとそ
- き、城兵を餌場に飼ひ、浮田以下の大軍をかの難所に誘引入れ、われ大西よ
- り神内鯰越をして前後よりおし詰め、夜討に敵陣をかけ亂さは、勝利掌の内に在りと謀りしに
頭注
- 據ヲ衝カバ
- 植田城兵ノ
- 謀略ヲ觀破
- テ元親ノ根
- 阿波ニ入リ
- 讚岐ハ降ラ
- 著ス
- 波撫養ニ到
- 反撃
- 孝高元親ノ
- 宇喜多勢阿
- 秀長ハ一ノ
- 宮城ヲ降ス
柱
- 天正十三年七月十九日
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- 一八一
注記 (33)
- 1324,680,63,2245つ敵なし、此〓城ともを攻取るとも、さのみ功とするに足らす、其上元親謀略を構へ、わ
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