『大日本史料』 11編 18 天正13年8月 p.73

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けれは、敵も味方も安堵して思ふ所に、忠兵衞日を經て歸らさりけれは、扨は元親承引, 眞實大切にして、身を忘れたる所也、最感悦するに絶たり、然る上は免も斯も、旁か異, かへ給はしと云も有は、傍ゟも申樣、各仰らるゝ所理りには候へ共、御立腹の一言はさ, て是に對せは、只猛犬の行合に等、退て幾度も諫るは臣の道也と申けれは、一座又此義, 忠兵衞も喜ひ勇、一宮へそ歸ける、去程に一宮には、忠兵衞扱の使として羽久地へ立越, へ共、我怒りの餘承引せす、却て雜言に及ふ所に、旁其義を顧押返し諫事、元親か爲を, へしと宣へは、家臣共頭を地につけ斜ならす喜ひ、則連書を認、忠兵衞に渡しけれは、, 々か所存に任せと仰有は、各存分の通秀長の仰に隨ふへし、君子に二言なし、御詞をは, に同しける、斯て諫諍事三日三夜也、元親宣ひけるは、此間旁詞を盡理を極て諫るとい, 見に任せん、去なから我思ふ子細あれは、判形をは出すまし、汝等宜くはからひ返牒す, して取へきにあらす、大賢君子も怒る時は、理非も見えぬと承れ、互にかやうに詮義し, て詞を盡すも、主君の御爲なれは、幾度も道理に任諫申か本意也、君怒り給ふ時臣又怒, かすとの仰なれは、詮義評定は無盆也、唯一篇に打死と極給へと申けれは、いや〳〵我, に成て宣ひけれは、何だ免角の詞なく退出して、一所に打寄評しけるは、我々共腰をぬ, 歸ル, 忠澄一宮ニ, 天正十三年八月六日, 七三

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  • 歸ル
  • 忠澄一宮ニ

  • 天正十三年八月六日

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  • 七三

注記 (18)

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