『大日本史料』 11編 18 天正13年8月 p.167

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てきは我か地ニ引かへる、跡は哀そ増りける、花が山の城内衆無類粉骨者、誠之一騎, 一、肥州八代ニ花か山と云へる新城を被取せ、右ニ申候ことく、地頭之は木脇刑部左衞門, 手口を持堅め、寄手の勢を請留て、貳三度四五度防歸すと見得けるか、味方は無人成, りけるに、疵者數か所之蒙りて、敵は猛勢入易へて、もみ之もんて責戰へは、痛手の, 數に勞れ宛、なにかは以てこらふへき、鐵炮搆ニ取り付て、打物を杖ニツキ、西之向, 事成るに、遲櫻とは名のみ聞く、春風共ニ無情、花か山を攻落して、右兩人を打果し、, 當千共懸る事を可申と、人々物沙汰いたす也、其中之も、今朝爰こて被遂忠勤鎌田左, 京亮、城と番所之間を一里隔て居たりしが、敵走籠めと見るよりも、駒一物ニ鞭打て、, 雙て、哀成かなと申さん人そなかりけり、, 尉之被仰付、入御番とて鎌田左京亮被指籠、此時に阿蘇家より勢替を、折節彌生半の, と成之ける、名をは故郷に留置、姿は花の山かけに草露と消之けるを、敵も味方も押, 花の山、秋の霜露に紅葉して、散行浮世のならひとて、無常の風にさそはれ、皆散々, 花が山之懸け、とう林之は牛をつなく、花山こは馬を放ツ、是本文と乘り捨て、西の, 〔長谷場越前自記〕〇〓一だ〓に, ル、閏八月十五日ノ條ニ收ム、ナホ明赫記異事ナシ、, ○下略、島津忠平等、肥後御船城ヲ陷ルコト等ニカヽ, 奮戰, 鎌田政虎ノ, 天正十三年八月十日, 一六七

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  • ル、閏八月十五日ノ條ニ收ム、ナホ明赫記異事ナシ、
  • ○下略、島津忠平等、肥後御船城ヲ陷ルコト等ニカヽ

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  • 奮戰
  • 鎌田政虎ノ

  • 天正十三年八月十日

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  • 一六七

注記 (20)

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