『大日本史料』 11編 19 天正13年閏8月 p.64

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〔譜牒餘録後編〕, を駿州につかはす事を感したまひ、眞田にて働キの事をいたはらせたまふ、大久保新, 悴與兵衞尉信安父子共ニ罷越候、於彼地ニせり合御座候而、味方少敗軍之刻、武川之, あひたゝかふ、信時馬上より騎馬の敵一人をつきおとすといへとも、信時か馬ふかく, 一、天正十三年、信州眞田安房守居城へ、御人數被差遣候節、武川之者共一同、尾張守并, 信昌同十三年、大權現兵をつかはして信州眞田安房守をせめ給ふとき、武川の諸士馳, 信安同十三年、信州眞田陣のとき、信安足輕の隊長成澤甚右衞門を切て、その首を得, 十郎忠隣・本多彌八郎正信は添状にて御書を武川の諸士に送る、, 疵をかうふるゆへ、その首をとる事あたはす、, 驅奔走す、大久保七郎右衞門此事を言上しけれは、則御直判の御書を給はりて、人質, たり、, 信時同十三年、信州眞田安房守をせむるとき、味方利あらす、武川の諸士兵を歸して, 者共守返候眞先ニ、尾張守馬上ニ而、武者一騎〓落候、與兵衞尉も成澤甚右衞門よ申, 大御〓十一番水野周防守組青木與右衞門, 青木與右衞門, 大御番十一番水野周防守組, 二十四, 青木信安, 青木信時, 山寺信昌, 天正十三年閏八月二日, 六四

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  • 大御番十一番水野周防守組
  • 二十四

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  • 青木信安
  • 青木信時
  • 山寺信昌

  • 天正十三年閏八月二日

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  • 六四

注記 (22)

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