『大日本史料』 11編 19 天正13年閏8月 p.478

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手森城を政宗に責落されてより、岩角・平石も共ニ落城せしと云々、, 日夜也と云々、, 平石城城主平石甲斐守武頼, 政道常々非義有るを憤りて、四本松を背と云々、天正十三年八月廿四日、大内備前守小, 恐れて、樵山へ籠たる大内か勢も、小濱の城も落けるとそ、一説に樵山落城は八月廿七, 落城す、此後會津と本宮ニ於て一戰の時、政宗此所に陳營を宮守より移されしと云々、, 里老傳に、國分玄蕃之居城と云、案るに舊記之は石橋義久の一族石橋玄蕃允とあり、天, 正年中義久卒去の後、田村へ屬し、其後大内備前守と一味して田村へ背き、政宗之爲に, 天正年中、四本松上太田村住善山の城主石橋治部大輔義久の旗本、平石の城主田斐守武, 頼は、石川彈正忠・大内能登守・其子備前守・寺坂山城守・岩角玄蕃允等を、四本松の, 平石高田館, 和田村岩角城, 平石甲斐武頼住ス、石橋久義ノ旗下ナリシニ、大内カ非義ニ組セス、天正十三年八月、, 〔相生集〕九, 大内ノ屬城, 平石城落ツ, 樵山城落ツ, 岩角城落ツ, 天正十三年閏八月二十七日, 四七八

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  • 大内ノ屬城
  • 平石城落ツ
  • 樵山城落ツ
  • 岩角城落ツ

  • 天正十三年閏八月二十七日

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  • 四七八

注記 (20)

  • 1075,724,61,1744手森城を政宗に責落されてより、岩角・平石も共ニ落城せしと云々、
  • 1690,721,56,356日夜也と云々、
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