『大日本史料』 11編 別巻2 p.295

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人は、孰れもそのことによりて得るところありしを以て、眞實を明らかにする要なかりし, なり、彼等が述べ、また認めたるところは以上の如し、その眞相を明らかにするためには, 非ざりしなり、, 言を求め、その確實なる證據を全世界の他の部分に送ること必要となりたり、よりて彼は, 自ら四人の青年を皇帝、竝びにミヤコの全宮廷の前に導き、このことを認めしめんと計り, 由、派遣せし國王の名、この少年等との血族關係、竝びに彼等の上に起りたる總ての事柄, しなり、また前に述べし如く、マカオに於いて出版せし書物を頒布して、使節派遣の理, の兄弟なるイルマン・ジョルジオ・ロヨラが數箇月以前マカオに於いて、不治の病に斃れ, 目撃者の證言によるのほかなし、かくてヴァリニヤニにとりては、日本全土より眞實の證, その出發以來八年五箇月と一日にして長崎に入港せり、しかして一行のうち、我等, を明らかにすることを計りしなり、されば支那に長く滯在せしことは、必ずしも盆なきに, 既にしてマカオより日本の島に渡航すべき風到り、再び帆を張りしが、彼等の故國に向ふ, この最後にして、長らく希望せし航海は幸運に惠まれ、一五九〇年七月二十一日, なることを認め、またローマ教皇は自ら榮光に輝けることを認めたり、則ち欺かれたる人, 日ニ當, 年六月二十, ○天正十八, ル, 發ス, 長崎ニ入港, に眞相ヲ世, 界ニ表明セ, まかおヲ出, づありにや, ントス, ス, 天正十年是歳, 二九五

割注

  • 日ニ當
  • 年六月二十
  • ○天正十八

頭注

  • 發ス
  • 長崎ニ入港
  • に眞相ヲ世
  • 界ニ表明セ
  • まかおヲ出
  • づありにや
  • ントス

  • 天正十年是歳

ノンブル

  • 二九五

注記 (28)

  • 1680,586,63,2295人は、孰れもそのことによりて得るところありしを以て、眞實を明らかにする要なかりし
  • 1563,586,62,2300なり、彼等が述べ、また認めたるところは以上の如し、その眞相を明らかにするためには
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  • 272,607,67,2295の兄弟なるイルマン・ジョルジオ・ロヨラが數箇月以前マカオに於いて、不治の病に斃れ
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