『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.106

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江戸町境論の事, 日本東西の、中國にあたれりと御諚有て、江城日本橋を、一里塚のもとゝ定, け、家をあたらしく作りなをす、昔の境くゐを尋るに、ほそきくおを立置つ, 西南の町へなかし、此二水を江戸町へあまねくあたへ給ふ, たかにさかふるといへとも、井の水へ鹽さし入、萬民是をなけく、君聞召、民, をあはれみ給ひ、神田明神山岸の水を、北東の町へなかし、山王山本の流を、, 江戸町わりは十二年已前の事なり、其比賣買に、金一兩二兩の屋敷は、, なりしを、當君の御威勢にて、南海をうめ、陸地となし、町を立給ふ、然に、町ゆ, 見しは昔、江戸町の跡は、今大名町に、今の江戸町は、十二年以前まて、大海原, 今、百兩、二百兩、五百兩のあたひする、町さか行まゝ、皆人屋敷を高くつきあ, め、三拾六町を道一里につもり、是より東のはて、西のはて、五畿、七道のこる, れは、皆くさりて、其印一つもなし、然る間、寸地分地の境をあらそひ、人毎に, 所なく、一里塚をつかせ給ふ、, 慶長見聞集〕六江戸町の水道の事, ○上, 石川ハ天正十, ○水道ノ事、小, ○下略、一里塚ノ事ハ、九, 年七月一日二本條アリ、, 八年十月四日ニ、多摩川ハ承應二年四月四日ニ、神, 田ハ萬治三年二月十日二、各其條アリ、參看スベシ、, 略, 江戸地價, 江戸ノ水, 里程ノ元, 日本橋ヲ, 標トナス, 道, ノ騰貴, 慶長八年三月三日, 一〇六

割注

  • ○上
  • 石川ハ天正十
  • ○水道ノ事、小
  • ○下略、一里塚ノ事ハ、九
  • 年七月一日二本條アリ、
  • 八年十月四日ニ、多摩川ハ承應二年四月四日ニ、神
  • 田ハ萬治三年二月十日二、各其條アリ、參看スベシ、

頭注

  • 江戸地價
  • 江戸ノ水
  • 里程ノ元
  • 日本橋ヲ
  • 標トナス
  • ノ騰貴

  • 慶長八年三月三日

ノンブル

  • 一〇六

注記 (31)

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