『大日本史料』 12編 26 元和二年雑載~元和三年三月 p.773

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網町一丁目の末にかゝりたるなり、其頃は今のとうかん堀、ほり留の河に, あり、誤なり、古圖を考ふるに、思案橋は今のあらめ橋にて、わざくれ橋は小, も、この處二町には分らざりしならむ、又思案橋本名は親父橋といへる説, つゞきたる故、この處にも小橋あり、親父といふは娼家の長をいへば、似つ, 疑はし、寛永板明暦板の江戸圖にも、堺町のみにて葺屋町なし、その頃まで, はいひがたきに似たれども、堺町、大坂町は今の所なるべく、墨町は今の住, かはしお橋の名にはあれど、其時橋いまだなく、江戸橋のかたよりよしは, 吉町、新町は新和泉町なるべし、難波町、高砂町は後に出來たる處とみゆ、原, や町と號し、幾筋となく横町を割、庄司がとり立たる時の事ならねば、慥に, 本洞房語園葺屋町の下にて、二町四方の場所を下し賜る云々とあり、是又, 敷軒をならべ、板ぶきに作りたり、扨又本町を中にこめて、其めぐりにあげ, ちに至るには、小あみ町より今いふ貝杓子店に出て行しなり、そゞろ物が, 是又君がてゝ甚右衞門に始るにあ, たりに、くつわを君がてゝ、君がはゝはよくふかきばかりにて云々いへり、, 作者ノ推測ナリ、三島平太郎ノ記事ハ, ○そゞろ物語、三島の平太郎三年奉公の事ノ條ニ、きみがてゝきみがはゝ, はよくふかきばかりにてノ句アレドモ、コレヲくつわトナスハ、嬉遊笑覽, 直接本條ニ關係ナキヲ以テ略セリ、, 親父橋, 思案橋ト, わざくれ, 橋, 元和三年三月是月, 七七三

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  • 作者ノ推測ナリ、三島平太郎ノ記事ハ
  • ○そゞろ物語、三島の平太郎三年奉公の事ノ條ニ、きみがてゝきみがはゝ
  • はよくふかきばかりにてノ句アレドモ、コレヲくつわトナスハ、嬉遊笑覽
  • 直接本條ニ關係ナキヲ以テ略セリ、

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  • 親父橋
  • 思案橋ト
  • わざくれ

  • 元和三年三月是月

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  • 七七三

注記 (24)

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