『大日本史料』 12編 26 元和二年雑載~元和三年三月 p.794

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

に明暦に日本堤へ移され、江戸はづれなるゆへ、おのづから人の通ひもう, りし老人がいひし、昔より大人歴々の御方へ、遊女の推參申たるためしす, 並にさきだつ事はありしかど、劣りて見ゆる事はなかりしとなり、しかる, 偏に御繋昌の餘慶を蒙る所にて、豐年と凶年とは、たゞ吉原の徃來の勢ひ, なる所と聞ゆれども、庄司甚右衞門御願申上候砌、まち〳〵の御吟味あり, すくなり、寺々門前百姓地なぞの、漸〳〵に家並ふゑて、町作りし所と同じ, 樣に見ゆる事本意なき事なり、江戸町に玄鎭とて十八年以前、百歳にて終, にて、いちじるく見ゆる所なり、寛永正保の頃迄は、何事に付ても江戸の町, しかど、とかく廣大なる御城下に、一ケ所の傾城町なくてはかなわぬ子細, 有りて、先規元吉原二丁四方の場所を被下、一方口にして、四方に幅三間の, 凡士農工商誰か一人として江都の御繋榮をいのらざるべき、就中此里は, くなからず、今の吉原にては琴三みせんの藝わざも、漸々と昔の風はすた, り、傾城共の風俗もはしたなく成たり、惣て吉原を唯一偏に見る時は、無盆, 惣堀をほり廻し、傾城商賣御免の事、容易の御事にはあらずと、此道理を度, 何事ニテ, モ江戸ノ, 町並ニ先, 元吉原ハ, 風俗ノ變, 立ツ, 遷, 元和三年三月是月, 七九四

頭注

  • 何事ニテ
  • モ江戸ノ
  • 町並ニ先
  • 元吉原ハ
  • 風俗ノ變
  • 立ツ

  • 元和三年三月是月

ノンブル

  • 七九四

注記 (23)

  • 1235,632,85,2210に明暦に日本堤へ移され、江戸はづれなるゆへ、おのづから人の通ひもう
  • 863,632,88,2216りし老人がいひし、昔より大人歴々の御方へ、遊女の推參申たるためしす
  • 1358,625,80,2211並にさきだつ事はありしかど、劣りて見ゆる事はなかりしとなり、しかる
  • 1619,613,86,2225偏に御繋昌の餘慶を蒙る所にて、豐年と凶年とは、たゞ吉原の徃來の勢ひ
  • 493,638,87,2213なる所と聞ゆれども、庄司甚右衞門御願申上候砌、まち〳〵の御吟味あり
  • 1114,623,83,2221すくなり、寺々門前百姓地なぞの、漸〳〵に家並ふゑて、町作りし所と同じ
  • 985,627,93,2221樣に見ゆる事本意なき事なり、江戸町に玄鎭とて十八年以前、百歳にて終
  • 1493,629,83,2216にて、いちじるく見ゆる所なり、寛永正保の頃迄は、何事に付ても江戸の町
  • 372,638,91,2226しかど、とかく廣大なる御城下に、一ケ所の傾城町なくてはかなわぬ子細
  • 245,634,89,2219有りて、先規元吉原二丁四方の場所を被下、一方口にして、四方に幅三間の
  • 1751,617,85,2214凡士農工商誰か一人として江都の御繋榮をいのらざるべき、就中此里は
  • 745,636,84,2213くなからず、今の吉原にては琴三みせんの藝わざも、漸々と昔の風はすた
  • 618,632,93,2223り、傾城共の風俗もはしたなく成たり、惣て吉原を唯一偏に見る時は、無盆
  • 122,636,91,2223惣堀をほり廻し、傾城商賣御免の事、容易の御事にはあらずと、此道理を度
  • 1487,262,40,167何事ニテ
  • 1442,269,42,159モ江戸ノ
  • 1397,265,43,168町並ニ先
  • 1532,263,42,161元吉原ハ
  • 610,274,43,172風俗ノ變
  • 1354,264,38,78立ツ
  • 565,275,41,40
  • 1867,697,48,346元和三年三月是月
  • 1892,2368,44,127七九四

類似アイテム