『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.587

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の御所にて參る、御座等例のことし、先、つく〳〵, ては黒かるへき事なれと、禁中にては中臈の准據なれは也、又、后はおはし, まさぬ時も、后の御料とて、ひらの御盤に土器三ツを居て、御けんてうを三, 黒、中臈は赤、下臈は白、儲君の親王の上臈を初、御所々々の上臈は赤、其家に, 陪膳の人袖をおほふ、女中も、上臈中臈は、次第に御前にてつく下臈からき, 殿上人は赤、五位の殿上人已下は白、兒は赤、地下は白、華族の人は三度か一, 度も赤は黒、白には赤を給はる也、家を賞翫の故也、女中は上臈のかきりは, る、親王、女御なとあれは、御相伴也、次第にもて參る、親王は半尻著用なれは、, 名を書て、包紙にさしはさむ也、御けんてうのいろは、公卿まては黒、四位の, から御座に置く、つきをはらせ玉ひて、御箸をとらせ玉ひて、供御を少まゐ, 色をになへて、障子の内に置て、内侍ひとへきぬきてもて參る、菊わたのた, ひてつかせ玉ふ、陪膳御直衣の御袖をおほふ、御直衣はもとより、たゝみな, みちと、しのふと、三度めはいてふと、しのふと也、いてふの葉に、申出す人の, をもて參る、陪膳御前にすう、少し亥の方にむかはせ玉, 瀬と名付て、夕方の御祝に供す、衞士餅を進上す、高倉傳奏也、夕方の御祝、常, くひ也、丹波の國野瀬といふ所より、箱に入て獻するものあり、すなはち野, 足あり、花乞の類也、當時世, 俗に流布の、足打又, 臺にすう、臺の體ハ兩方に, かいふものなり、, 餅也, 舂, 能勢餅, 慶長八年十月五日, 五八七

割注

  • 足あり、花乞の類也、當時世
  • 俗に流布の、足打又
  • 臺にすう、臺の體ハ兩方に
  • かいふものなり、
  • 餅也

頭注

  • 能勢餅

  • 慶長八年十月五日

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  • 五八七

注記 (25)

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