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うたるゝもの數をしらす、柳生五郎右衞門尉、, 志に報ひ給ふ所とそ聞へける、其後右大將家の, れ、城に火かけて悉く腹切て死す、, 御所の御養君を彼妻となさる, 衞門尉はせ向ひて打とゝむ、横田か小童これを見て、主の刀を抜て忠一に, 御前にて、元服の, 切てかゝる、天野宗葉おし隔つ、童はつゐに安井清次郎、道家長右衞門か爲, る、忠一か家人、横田にくみするものすくなからす、忠一大に怒て軍勢をさ, に討れてけり、横田か嫡男主馬助此よしを聞て、父か飯山の城にたてこも, をたすく、城中にこもる處の兵、一人も命いきんと思ふものなけれは、寄て, 中にこもる、彼かきつ先に迴るもの、手負うたるゝものすくなからす、柳生, もつゐに藤井助兵衞か爲にうたれぬ、城中の兵も、のこりすくなく打なさ, 城にめしてみつからかれを切る、横田は切られてはしり出るを、近藤善右, 家の老横田内膳か、常に諷諫の言を盡せしを怒りて、〓宴に事よせ、米子の, しむく、鄰國の周章大かたならす、堀尾山城守忠晴か出雲隱岐の軍勢、忠一, 儀ありて、御家號并に御諱字賜ひ、敍爵させて松平伯耆守忠一と召れ、又大, 忠一、十五歳の年の暮、, 所縁につきて城, ○下略、九年是, 大御所の御外妊也、, 歳ニ收メタリ、, 松平因幡守康元の娘、, 台徳院殿, 但馬守宗矩, の御事, か弟なり, ノ稱號及, ビ秀忠ノ, 忠一松平, 偏諱ヲ賜, 養女, 忠一ノ妻, ハル, ハ家康ノ, 慶長八年十一月十四日, 七〇四
割注
- ○下略、九年是
- 大御所の御外妊也、
- 歳ニ收メタリ、
- 松平因幡守康元の娘、
- 台徳院殿
- 但馬守宗矩
- の御事
- か弟なり
頭注
- ノ稱號及
- ビ秀忠ノ
- 忠一松平
- 偏諱ヲ賜
- 養女
- 忠一ノ妻
- ハル
- ハ家康ノ
柱
- 慶長八年十一月十四日
ノンブル
- 七〇四
注記 (36)
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