『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.945

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一右之分に候て、佐州へ人を御副候間、兩人參候事、, 道入諸口、難所にて候由申候事、, か田にて候か、海は足入近邊に大河共有之か、鐵炮かゝりの山はなく候, 在之間敷候、御城所、何かと人のさゝへも候はゝ、佐州我等如此居候條、心, 安存候へと被仰候事、, らひ、境目、川のなかれなと、あさみ深み、懇に御尋候、左候て、桑山は近邊ふ, 一指月之儀御尋候間、樣子申候へは、所から可然と被仰候、左候條、山口ゟ之, はと被仰候、莞角佐州へ申候へ、佐渡殿御異見御さし圖に任候へ、惡事は, 一佐州も懇に繪圖御覽候て、桑山、幸峯、指月をめい〳〵御尋候て、さて國な, み方角、御國ならひなとの事懇に御尋候て、大せつ所之儀を被入御念、御, 一指月引こみ過たる所と申候へは、それは不苦儀に候、所からさへ好候へ, 一桑山之儀、せつ所無之と聞へ候條、如何可有之かと被仰候事、, へ先參候て、繪圖御めにかけ候之處に、委御覽候て、御國な, 尋候事、, 之儀、とにかくに御座候事は不成かと御尋候條、其分と申候事, 一幸峯, 一上野殿, 慶長九年二月三日, ○高, ○本多, 正純, 嶺, 山口ノ高, 桑ノ山, ニ關シテ, 本多正純, ノ意見, 三田尻ノ, ノ意見, 本多正信, 嶺, 萩ノ指月, 城地選定, 慶長九年二月三日, 九四五

割注

  • ○高
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  • 正純

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  • 山口ノ高
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  • 本多正純
  • ノ意見
  • 三田尻ノ
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  • 慶長九年二月三日

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  • 九四五

注記 (35)

  • 646,647,63,1495一右之分に候て、佐州へ人を御副候間、兩人參候事、
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