『大日本史料』 12編 2 慶長九年三月~同十年二月 p.129

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家のわさはひなからんやうをはからんと思ひしにや、學束なき事とも, 記さねは、本文には略して、大略を爰に注しぬ, も、既に事故なく終りしかは、今は外國の患もなし、さらは此人失ひて、當, こそ猶多けれ、おもふに、これは太閤家の人の、我等か舊主の百歳の後、天, 下は人の天下になりぬへしと、しろしめされぬにはあらす、本朝のため, めまゐらせたりしもしらす、すへてこの書には、うたかはしき事は、闕て, ひしにあらすや、もしくは又、市正且元か、かねて大坂の軍起らんとせし, の事をも司れる奉行等には、猶も仰置るへき事そかし、それにうせ玉ひ, 天下の大事をは、當時其勢ひ重からぬ彼二人にのみ、仰置るへからす、家, ことく、終に世の亂れ仕出して、彼御家終に絶玉ひてけり、もし朝鮮の軍, し事、やんことなく、哀れにも又尊くもこそ覺へ奉れ、去りなから、かゝる, 思ひ玉ふ故に、みつっら我家の事をは、かへりみ玉はさりしもの也とい, し後、幾ほとなく、しきりに徳川殿うしなひ參らせんと謀り、彼仰置れし, 事をしりて、去る勇々敷人なれは、常にかくこそ仰せ置かれしかと、いさ, 置たり、按するに、まことにこの説のことくならんには、太閤の仰置れ, ル白石ノ, 言ニ關ス, 秀吉ノ遺, 考, 慶長九年三月二十二日, 一二九

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  • ル白石ノ
  • 言ニ關ス
  • 秀吉ノ遺

  • 慶長九年三月二十二日

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  • 一二九

注記 (21)

  • 1115,717,55,2140家のわさはひなからんやうをはからんと思ひしにや、學束なき事とも
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