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關して、ベルシオルが聟、アマン五郎右衞門, に一個の教會を建立せり、, なる人物は、名將の後と聞こえ、己れも大勇士なりき、安藝國ミリ, とも終るものにあらざらむと、かくて熱心の信仰を以て身を固め、戒行日, 與へたり、ベルシオルは、此時宗務の闕き難きものありしを以て之を辭せ, 久しき以前より、彼思へらく、從來我身を曝したる絶え間なき戰爭は、死す, 日怠なかりき、此頃、毛利殿、領内主要の市なる、萩に築城のことあり、此事に, 城主にして、十八年來耶蘇教を奉じ、同國人を數多改宗せしめ、己の領國内, り、, 利殿は、好き口實を得、ベルシオルに、兩士官の負擔せる分を補ふべき命を, びベルシオル熊谷豐前殿を襲撃し、遂に之を殉教者たらしめたり、此顯著, 者を和解して、世間の賞讚を得しも、此葛藤の爲に、工事中絶せるを以て、毛, といへる偶像信者の大名との間に葛藤を起せり、ベルシオルは、兩, 識にして迷信に陷れる毛利殿は、坊主の説と自己の恐怖とに打勝たれ、再, と、マスンダ、ゲンバラ, パジェし日本耶蘇教史, 此際無, の, 郡三入, ○安佐, 田玄蕃, 元福、, ○天野, 千六百零〇上略、肥後ノ耶蘇教徒ノ事, 五年ノ條二係ル、慶長十四年二收ム、, 元信, 盆, 千六百零, 〇, ノ教會, 外人ノ觀, 察, 安藝三入, 教二殆ス, 熊谷元直, 慶長十年七月二日, 三一七
割注
- 郡三入
- ○安佐
- 田玄蕃
- 元福、
- ○天野
- 千六百零〇上略、肥後ノ耶蘇教徒ノ事
- 五年ノ條二係ル、慶長十四年二收ム、
- 元信
- 盆
- 千六百零
- 〇
頭注
- ノ教會
- 外人ノ觀
- 察
- 安藝三入
- 教二殆ス
- 熊谷元直
柱
- 慶長十年七月二日
ノンブル
- 三一七
注記 (37)
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