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一寸三尊來迎の像を當山に安置し、清水左京亮に命して、供養田八百五十, 文めを以て寄附し玉ふ、則ち時の城主水野下野守信元公より、御朱印を賜, 寺へ御參詣在せられ、菩提所之約を爲し給ふ、則ち佛師感清之作、御丈一尺, 主水野右衞門大夫忠政公の御女にして、御生縁の地なり、是を以て、時々當, 寺移當寺、再造營頽破之寺、爲中興、維時東照神君之御母堂者、其先當所の城, 經四拾四年、中興開山信譽隆轉上人、鎌倉光明寺より, 入寺中、風波數々侵して、堂宇頽破せり、逢高鹽、精舍竝什物記録等流失して、, 後華園院御宇、嘉吉三癸亥年、開山音譽聖觀大和尚之, 抑當寺儀者、京都知恩院末にして、淨土宗鎭西一流念佛弘通の道場なり、兩, 第三世寶譽秀天上人者、信譽上人の弟子、於紀州住一寺、大永六丙戌年、辭彼, 來り、文明十八丙午年二月再建、爲中興開山、然るに、此寺有海邊、時々潮水滿, ふ、茲に人皇百八代後陽成院の御宇、慶長七壬寅年八月二十九日、御母堂於, 尾陽知多郡緒川村海鐘山悟眞院善導寺縁起, 委悉不詳、, の座像を安置す、即大唐善導大師に就て、寺號を名つく、往昔將, 〔善導寺縁起)〕, 軍足利義勝公、, 祖大師, 草創する所なり、, ○尾, 圓光, 三代, 善導, 人皇百, 張, 略, ○中, 安置ノ佛, ヲ受ク, 像, 海潮ノ害, 中興, 供養田, 開山, 縁起, 善導寺ノ, 慶長十年八月二十八日, 四四〇
割注
- ○尾
- 圓光
- 三代
- 善導
- 人皇百
- 張
- 略
- ○中
頭注
- 安置ノ佛
- ヲ受ク
- 像
- 海潮ノ害
- 中興
- 供養田
- 開山
- 縁起
- 善導寺ノ
柱
- 慶長十年八月二十八日
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- 四四〇
注記 (38)
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