『大日本史料』 12編 4 慶長十一年四月~同十二年七月 p.844

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家の儀は、諸事に付御用捨を御加被成たる儀なともおほく有之候、たとへ, カトモ、カヽル恐レ多キ事ハ、御受申上奉リ難シト、再三御斷申上シカハ、去, 丸ヲ汝ニ遣ハスヘキ間、養子トシテ重宗ノ代リトモ見ヨカシト仰アリシ, 樣の思召にも、正しき御兄子樣をと被爲思召候ゆへにても御座候歟、越前, ラハ子トハセストモ、汝カ家ニ置テ作法ヨク守リタテ、追々ニハ將軍家ノ, 御扈從ニモ召出サルヽ樣ニ致シクレヨ、頼ミ思召ストノ御事ニテ、公ヲ重, 嗣子ニ腹切ラセタルノ面目ナサヨ、去ナカラ今更悔ミテ詮ナシ、セメテ國, も、秀康公の御事は、天下をも御讓り可被遊御人をとおほし召され、台徳院, ノ者ト爭鬪ノ事アリテ、越前ヲ去レリ, 由聞シ召サレ、深ク憐ミ思召シ、重政ヲ召サレ、扨モ我カ一言ノ誤ニテ、汝カ, あなかち公儀より被仰出たる儀にては無之候へとも、權現樣の御尊慮に, は、權現樣、台徳院樣兩御代の間に、御旗本衆の中に、或は御上へ御不足を被, 政カ亭ニ下サレタリ、カクテ一年餘モ守リ奉レルニ、圖ラスモ谷伯耆カ手, 外の御家と申は、如何樣の子細にて候哉、答て曰、越前家は、制外と有儀を、, 福井鑑〕, 問て曰、越前の御家を、世上におゐて制, ○上略、秀康ノ出生ヨリ、越, 前入部マデノ事二係力ル, ○下, 略, 制外ノ御, 秀忠ト秀, 康, 家, 慶長十二年閏四月八日, 八四四

割注

  • ○上略、秀康ノ出生ヨリ、越
  • 前入部マデノ事二係力ル
  • ○下

頭注

  • 制外ノ御
  • 秀忠ト秀

  • 慶長十二年閏四月八日

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  • 八四四

注記 (26)

  • 299,681,69,2188家の儀は、諸事に付御用捨を御加被成たる儀なともおほく有之候、たとへ
  • 1469,682,77,2205カトモ、カヽル恐レ多キ事ハ、御受申上奉リ難シト、再三御斷申上シカハ、去
  • 1593,673,74,2207丸ヲ汝ニ遣ハスヘキ間、養子トシテ重宗ノ代リトモ見ヨカシト仰アリシ
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