Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
れて、沙汰の限りおこはり也、將軍之作法と同樣に思ふか、其上用にも御立有, 腰物を持參れは、こなたへとて自身御差候て、御數寄屋へ被召連、御兩吟に, ン、扨右兩人ノ死刑ノヿ、留書ニ見ヘ申サス候支故ニ、コヽニ略ス者也、, と申上る、殊之外御逆鱗之躰にて、〓を御流し、例之御手の御指をかませら, て被仰は、其方か親上總殿に居る成れは、其筋目にて可承、今度森山ニ〓、身, とて、家康公召御前へ出たれは、こなたへ參れとて、御表へ被召連、小性衆御, ノ馬より下は、自分も乘物より下りて時宜可有儀に、何そや乘打を咎るは, か者を兩人成敗、彌必定上總殿被仰付たる事か、沙汰之限りなり、定て子細, 大坂夏御陣翌年之四月に、上總殿少し病氣, へき者と思召に、大坂にても沙汰之限りと有り、將軍の思召處も如何、其上, ク相殘ル二人ヲハ、清右衞門カ存分ノ通ニ落居相スンテ同道シケルトナ, て、後は大隅と云人なり、時に松平覺雲事、其時は傳三郎と申を、傳三郎參れ, を可存、申上よとあれは、承り候へは、乘打之子細により、御成敗被成由承候, 使ヲ申請、此寺ニ〓切腹仕ヘキ由ヲ申シ切テ、寺ヲ罷出サルニ依テ、是非ナ, 之由聞る故に、家康公より御見廻に、松平内膳を被遣、是は松平覺雲之兄に, 〔柏崎物語, ○朝野舊聞哀稿, 八百十九所載, 重則ヲシ, 家康松平, テ忠輝ノ, 病ヲ訪ハ, シム, 家康激怒, ス, 元和元年九月十日, 五二三
割注
- ○朝野舊聞哀稿
- 八百十九所載
頭注
- 重則ヲシ
- 家康松平
- テ忠輝ノ
- 病ヲ訪ハ
- シム
- 家康激怒
- ス
柱
- 元和元年九月十日
ノンブル
- 五二三
注記 (27)
- 507,662,58,2213れて、沙汰の限りおこはり也、將軍之作法と同樣に思ふか、其上用にも御立有
- 1091,660,57,2219腰物を持參れは、こなたへとて自身御差候て、御數寄屋へ被召連、御兩吟に
- 1675,688,58,2061ン、扨右兩人ノ死刑ノヿ、留書ニ見ヘ申サス候支故ニ、コヽニ略ス者也、
- 626,663,59,2210と申上る、殊之外御逆鱗之躰にて、〓を御流し、例之御手の御指をかませら
- 976,663,57,2216て被仰は、其方か親上總殿に居る成れは、其筋目にて可承、今度森山ニ〓、身
- 1208,662,57,2221とて、家康公召御前へ出たれは、こなたへ參れとて、御表へ被召連、小性衆御
- 270,662,59,2214ノ馬より下は、自分も乘物より下りて時宜可有儀に、何そや乘打を咎るは
- 859,666,57,2210か者を兩人成敗、彌必定上總殿被仰付たる事か、沙汰之限りなり、定て子細
- 1558,1595,57,1284大坂夏御陣翌年之四月に、上總殿少し病氣
- 390,670,58,2201へき者と思召に、大坂にても沙汰之限りと有り、將軍の思召處も如何、其上
- 1789,669,59,2197ク相殘ル二人ヲハ、清右衞門カ存分ノ通ニ落居相スンテ同道シケルトナ
- 1324,659,58,2213て、後は大隅と云人なり、時に松平覺雲事、其時は傳三郎と申を、傳三郎參れ
- 743,660,57,2216を可存、申上よとあれは、承り候へは、乘打之子細により、御成敗被成由承候
- 1906,663,61,2201使ヲ申請、此寺ニ〓切腹仕ヘキ由ヲ申シ切テ、寺ヲ罷出サルニ依テ、是非ナ
- 1440,663,58,2215之由聞る故に、家康公より御見廻に、松平内膳を被遣、是は松平覺雲之兄に
- 1534,623,100,335〔柏崎物語
- 1586,1036,42,466○朝野舊聞哀稿
- 1544,1043,39,386八百十九所載
- 1441,292,37,161重則ヲシ
- 1481,291,42,172家康松平
- 1396,296,40,157テ忠輝ノ
- 1351,289,42,162病ヲ訪ハ
- 1314,295,28,66シム
- 651,292,41,168家康激怒
- 613,295,33,27ス
- 167,730,44,336元和元年九月十日
- 162,2455,44,124五二三
%2F0128_r25.jpg)


%2F0072_r25.jpg)

%2F0697_r25.jpg)

