『大日本維新史料 編年之部』 3編 1 安政5年1月 p.128

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〔昨夢紀事〕, 其内定センコトヲ切望ス。, もなるへきよしを、密ニ申上られたり、公兼る思召旨ありしかは、川路廷尉へ御逢ありて、, 例の米利堅の御物語より、西城の御儀を仰出され、廷尉の意見を搜り給ふに、果して奧深, 一、公御歸殿の上にても、丹・肥兩州の被申たる事御心にかゝりて、倩思召すに、西城の御, たりしかと、禁廷之御樣子、以之外六ケ敷て、仰セ出されたる儀もこれあり、備中殿上京に, へ御逢有しに、兩人ゟ、昨十二月、林大學頭・津田半三郎を以、外國の一條、京都へ被仰上, 天下の御爲を思召ての仰せ事に候へは、否とは申上候はす、厚く心得居り侍るへしと、礒, 營中にて世話敷際なれは、委敷は腹心の家臣をもて申聞くへしと、御辭を殘されて置れた, へも寄らす澳へも付す、能程の御答に及はれしは、此人の長所なめりしと思召は、今日は, 事も、むねと備中殿へ御談しにて、斯く迄に御仕寄せになりたるに、今となりて備中殿坐, さすなりなは、如何にかはせんと、おもひわつらはせ給ふに、翌八日になりて、備中殿、京, く構へて、申上らるゝは、おのれ風情の御役前にて、さる大議に關係仕るへくは候はねと、, 正月七日、公御嘉例の如く、若菜の御祝儀として御登城あり、於營中、土岐丹州・岩瀬肥州, り、, 軍建儲問題, 慶永土岐岩, 瀬川路ト將, ヲ談ズ, 安政五年正月七日, 一二八

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  • 軍建儲問題
  • 慶永土岐岩
  • 瀬川路ト將
  • ヲ談ズ

  • 安政五年正月七日

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  • 一二八

注記 (21)

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